フランス文学者の野崎歓さんがこの春、東京大学を退職した記念イベントが3月下旬、東京都文京区の東京大であった。タイトルは「野崎歓と世界文学の仲間たち」。交遊のあった海外文学の研究者らが、野崎さんの多彩な仕事を振り返った。大教室は立ち見が出る盛況ぶりだった。
野崎さんは小学3年生での読書体験を語った。当時、小学館版「少年少女世界の名作文学」が毎月家に届いていた。フランス編7巻は童話やランボーの詩、ロマン・ロラン『ジャン・クリストフ』を収録。「『ジャン・クリストフ』にやられた。しがみつくように読んだ。読み終えたとき家族は寝静まっていて、自分一人が別世界を生きていたと気づき、物語が与えてくれる興奮が深まった」
収録作は抄訳の短縮版。「原作に忠実でない“偽物”を子どもに読ませるのはいかがかという意見もあるが、喜んで読んでいた人間としてはその意見に説得力を感じない。読書が別世界に旅する大きな可能性を与えてくれるとはっきり意識させてくれた」
原書通り数冊に及ぶなら読み切れなかっただろうとも。「難解さのチャンピオン、ランボーがあるのも驚く。フランス編4巻は『家なき子』とファーブル『昆虫記』とボードレールという構成。このボードレールの詩はみずみずしい。小学生向けにボードレールやランボーを訳せたらどんなに楽しいだろう」
「子どもだからといって手を抜かず、柔らかく原作の面白さを伝えればいい。世界文学はかつて子どものものだった。今こそ、子どもたちのものであってほしい」=朝日新聞2019年4月3日掲載