

子どもが「自分で読める本」に
——『こどもせいきょういくはじめます』は、シリーズで初めて読者対象を「子ども」に据えられています。この意図はなんでしょうか。
フクチ:「おうち性教育はじめます」のシリーズ1作目は、幼児から思春期までの子を持つ保護者に、2作目は思春期の子を育てる保護者や周りの大人たちに向けて作りました。性教育は、まず大人が知ることが大事だと考えたんです。

一方で、「いざ子どもに伝えようとすると言葉に詰まる」「直接伝えるのは恥ずかしい」という声も多く寄せられたんですね。それならば「子どもが1冊丸ごと、自分で読める本にしよう」と話し合って作ったのが3作目となる『こどもせいきょういくはじめます』です。
小学1~6年生までの学年ごとに、体の部位の名前を覚えることから始まり、性教育の知識を段階的に積み重ねていける構成になっています。
例えば、1~2年生で「からだの部位の名前」を覚えることも性教育のはじめの一歩です。自分の体のことを、自分で知っておくのは誰にとっても大切なことですよね? 体の一部である性器も、もちろんその中に含まれます。

――構成の土台になっているのは、北山さんが勤務先の和光小学校で長年取り組まれてきた性教育のカリキュラムだそうですね。
北山:はい。私は本作からの参加ですが、シリーズ全編を通じての共著者である村瀬幸浩先生は、"人間と性"教育研究協議会の創設者のお一人で、和光高校教員だった私のパートナーの元同僚でもあります。
小学校の理科に「性の学習」が位置付けられたのは1992年の学習指導要領改訂のときですが、和光小学校では1970年代から「総合学習」という枠組みの中で、独自に性教育に取り組み、教科横断的に「からだとこころの学習=性教育」をしてきました。
自分の体や命のこと、家族や多様な性、ジェンダーについて、どうすれば子どもが自然な流れで段階的に理解できるようになるのか。そのことを念頭に置いて教員たちが職員会議で案を出し合い、研究授業による実践と検証を繰り返しながら工夫を重ねた授業のカリキュラムが『こどもせいきょういくはじめます』の土台になっています。

フクチ:私も実際の授業を見学させてもらったのですが、私の知っている「性教育の授業」とはまったく違っていて驚きました。
性に関する学びには、どこかモジモジするような空気が漂いがちですよね。でも和光の先生たちは「これはあなたたちにとって大事なこと」と堂々と伝えているし、子どもたちも素直にそれを受け止めている。
小学1年生のときから知識の土台ができていれば、性のことも戸惑わずに受け入れられるんだなと感じました。
恥ずかしい、いやらしい、だから教えるにはまだ早い。勝手にそう思い込んでいるのは、子どもではなく大人側ではないでしょうか。自分の体のことや赤ちゃんだった自分がどんなふうに誕生したのか。子どもは純粋にただ知りたいだけなのだと気づきました。
だから、大人である私たちがまず偏見を捨て、思い込みをほぐしていかないといけない。今回の子ども向けの本でもその姿勢は大切にしました。

子ども向け漫画で出産や性交をどう描くか
——子どもたちが胎児になって出産を「疑似体験」する授業は面白そうです。
北山:あの授業は子どもたちの反応がとてもいいんですよ。ふとんカバーで作った大きな「子宮」の中に胎児役の子どもに入ってもらい、体を回転させて出産時の胎児の体の動きを疑似体験するのですが、ようやく外に出ると「ぼく、こんなに頑張って生まれたんだ!」とみんな感動します。生まれたときの記憶がないぶん、一生懸命聞いてくれますね。

——見守る子どもたちも「がんばれー!」と応援していましたね。
フクチ:私も自分の出産のとき、「赤ちゃんも頑張ってるからお母さんも頑張って!」と助産師さんに励まされたのですが、「いやいや、私が力を入れて出すだけでしょう?」と正直思っていたんですよ。でも、この授業を漫画に描いてみて、「私も頑張ったけど、子どもだって自分の力で頑張って生まれてきたんだな」と初めて本当に理解できた気がします。

——赤ちゃんがどう誕生するかわかったら、次は「赤ちゃんはどこから来るの?」という疑問も生まれます。本作では、子どもが動物園でニホンザルの交尾を見ながら受精の仕組みを学んでいく風景が描かれていますね。
北山:昆虫が好きな子であれば、ごく自然に「あ、このトンボ交尾してる」と口にしますよね。そんなふうに動物の生殖や命のつながりを観察し、それを人間の命の仕組みと結びつける学びを私たちも実践しています。
漫画で描かれているのと同じように、私たちの学校でも実際に遠足で訪れた動物園で、ニホンザルの交尾を見ながら理解を深めているんです。
毎年遠足に行っているので、飼育員さんに「今年の繁殖はいつ頃になりそうですか?」と連絡を入れて、「今年はちょっと早いから11月下旬頃になりそうです」と情報を教えてもらってから日程を決めています。
——とはいえ、虫や動物の「交尾」はフラットに説明できても、人間の「性交」を子どもに伝えることに抵抗感を覚えてしまう大人は少なくありません。
フクチ:そこは北山先生、村瀬先生ともすごく話し合いました。先生方としては「いずれ知ることなのだから、絵できちんと伝えた方がいい」とおっしゃっていましたが、私や他の保護者の感覚としては、やっぱり恥ずかしさや抵抗感が先立ってしまう人が多数派な気がして。
じゃあ、なぜ私たちは性交を絵できちんと描くことに抵抗感を抱いてしまうのかを考えると、人間の性交、セックスはプライバシーの領域だからなんですよね。
動物の交尾にはプライバシーがないけれども、人間の性交はプライバシーがある。そこを暴かれた気分になってしまうから、恥ずかしい。
もちろん、正しい知識として伝えるためには、絵で示すのが正しい。でも、この本が小学1年生からでも読めるようにしている以上は、抵抗感が強い表現は避けるべきだという結論になり、動物の「交尾」から自然な流れで人間の「性交」に繋げる形で描きました。

北山:性交はプライベートなことであって、決して覗き見たり、軽々しく話したりするものではない、ということは授業でも強調しています。虫や動物の交尾はたくさんの写真を資料として見せますが、人間の性交はあくまで図で見せた上で、「性交は大人同士のプライベートなことだよ」「お父さんとお母さんのことであっても、2人のプライベートなことだからね」と伝えています。
フクチ:命ができる仕組みを知るのは小学校低学年のパートですが、その年齢はまだ「性の主体者ではない」という理由もあります。性教育の初期、幼児~思春期未満の子どもは「自分はどうやって子どもをつくるのか」とは考えず、「自分はどうやって生まれてきたのか」と発想するのが自然ですからね。
多様な家族は「普通」の家族
——本書では、生殖や二次性徴の話だけではなく、男らしさや女らしさの思い込み(ジェンダーバイアス)、多様な家族のかたちについても丁寧に触れられています。
北山:これは私の教員生活を通じての実感ですが、現実の家族のかたちは本当に多種多様です。「血の繋がりがある両親と子ども」だけではなく、血縁のない里子の家族や、シングルの親と祖父の4人家族など、今回の本の主人公ファミリーのような組み合わせの家族もたくさんいますよね。
フクチ:主人公を双子の男女とその母、祖父の4人家族にしたのは、北山先生からそうしたエピソードを聞かせてもらったことが影響しています。私の周囲にもシングル家庭や、事実婚のパートナーと暮らしている家族が普通にいるのですが、漫画の中ではなんとなく主人公になりづらい。でも、現実に合わせて、シングル家庭の子どもや、父親のパートナーと暮らしている子どもが教室にごく当たり前に一緒にいる風景を描きたいと思いました。
北山:授業でも、家族やジェンダーの話題はどの学年で扱うかは決めてしまわず、子どもたちの環境や様子を見ながら柔軟に取り上げるようにしていますね。

フクチ:ジェンダーについては性別の「~らしさ」にとらわれることなく、人はみんな違うけれどもそれぞれを大切にしようというメッセージが漫画の絵からも伝わるように意識しました。今回は子どもが読者ですから、全体を通して読んだ子が自分の頭で考えながら、楽しく答えを探しだしていけるような工夫を凝らしています。
北山:セクハラ、体の境界(バウンダリー)についても、フクチさんが本当にわかりやすく描いてくださって感謝しています。
——これまで学校で実践されてきた性の授業が、多くの子どもたちに届く漫画になりました。いま子どもたちや大人に届けたいメッセージは?
北山:いまはSNSやYouTubeなどの動画から日々大量の情報が流れてくる時代ですよね。その流れ自体は止めようがないですが、誤った情報に触れたときに「それっておかしいよね」と判断できる子どもを私たちは育てていかなければならない。そのためには、やっぱり大人自身も学びを重ねていく必要があると私は感じています。
フクチ:性教育=「性交について教える」ことだと誤解されがちですが、本質はそこではなく、自分のことを知って大切にすること。それから他人のことも大切にすることだと私は思っています。だから、学ぶことで自分も他者も大切にできる力が身についていくはず。その力が読んだ人の人生の「お守り」になってくれたら嬉しいですね。
北山:いつの時代も、子どもたちは必ずしも幸せな環境で育つとは限りません。それでも、自分の命のルーツや存在の意味を知ることが、どんな状況であっても「自分はここにいていい」と思える助けになるかもしれない。そこから周囲との関係を前向きに作っていけるようになるかもしれない。性教育という教育の積み重ねによって、そんな社会を目指していけたらなと思います。
