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ホーキング博士が人類に残した「ビッグ・クエスチョン」とは? 池上彰さん、落合陽一さんらが議論

文:北林のぶお 写真:斉藤順子

 ホーキング博士の一周忌にあたる3月14日に、博士の最後の書き下ろし著作『ビッグ・クエスチョン 〈人類の難問〉に答えよう』(NHK出版)が日本で発売された。シンポジウムはその出版を記念して開かれ、池上さんのほか、理論物理学者の村山斉さん、メディアアーティストの落合陽一さん、毎日新聞科学環境部記者の須田桃子さんが登壇した。

「あえて断定する」というホーキングの流儀

 本書は「宇宙には人間のほかにも知的生命が存在するのか?」「未来を予言することはできるのか?」など10の“ビッグ・クエスチョン”に対して、ホーキング博士自身の見解を示すという構成。4人のパネリストは最初に、明確な回答を導きにくい難問へとあえて挑んだ、博士のスタンスについての印象を語った。

 村山さんは「ホーキングらしい本だなと思いました。彼はいつも物議を醸すのが好きで、ある特定の主張をして賭けをしました。すると、問題点が何であったかがはっきりする。そのうえでみんなで議論して最終的に答えが出れば、それはすごく良いこと。この本も、よくここまで言い切っちゃうなと感じるところも多いんですけど、彼はあえて言ってるんだろうなと。(読者が)自分なりに受け止めて、自分で考えるようになることが一番の目的ではないかと感じました」と語った。

 2012年にヒッグス粒子が発見された際に、見つからないと主張していた博士が100ドルの賭けに負けたことも話題に。池上さんは「ヒッグス粒子がいかにすごいかを専門家が言ってもわからなかった時に、ホーキング博士が間違いだと認めたことによって、大変なニュースだとわかった」と、当時を振り返った。

 須田さんは「研究者の方は、黒か白かということではなく、慎重に言葉を選んで説明される人が多いですね。その意味でホーキング博士は、発想が自由な方だと思います。身体的には制約の多い人生を歩まれましたが、頭の中はすごく自由だった」と語り、落合さんは計算機科学の分野から見解を示した。

神の存在を第1章のテーマに

 第1章の“ビッグ・クエスチョン”は「神は存在するのか?」。池上さんは「キリスト教社会において、宇宙を研究すると、神がいるのかどうかは大変大きなテーマ。その中で博士が『宇宙ができる時に神の存在は必要ない』と言い切るというのは、大変勇気がいるんじゃないか」と語った。

 須田さんは「ユーモアと配慮をにじませつつ、論理的に立証していく過程は説得力があり、この本に引き込まれていくポイントでした」、村山さんは「科学は神がいないことを証明も否定もできないと、私は思っています。彼が言いたいのはおそらく、宗教や教義で決められた答えに科学が合わせようとしてはいけないんだということでは」と、それぞれの意見を述べた。

宇宙の起源に対する博士の回答

 「宇宙はどのように始まったか?」は、博士自身の研究に深く根差した問いだ。同じ専門家の村山さんが、ホーキング博士の考えや、現在注目されている暗黒物質(ダークマター)や暗黒エネルギー(ダークエネルギー)の役割などについて解説した。

 ビッグバンで誕生してから膨張を続ける宇宙が、いずれ縮小していく「ビッグクランチ」の考え方について、村山さんは「ほとんどの研究者はないと考えています」と話す。むしろ膨張が加速していることが観測されており、遅くなる兆候が見られないそうだ。宇宙が膨張と収縮を繰り返しているという説についても、「リセットすると宇宙がだんだん雑巾みたいにボロボロになっていく計算で、今みたいなキレイな宇宙を再現するのは難しい」との理由で、あまり支持されていないとのことだ。

 「宇宙が膨張しているその先には何がある?」という池上さんの質問に、村山さんは「一つの説では、宇宙は時間に向かって膨張していると説明されています」と回答。ビッグバンの前に何があったかについては、ホーキング博士が唱える「ノーバウンダリー(無境界)」の考え方では、それを問うことは無意味だという。時間の概念があるのは私たちの宇宙の中だけで、それは南という概念が地球の中だけで通用するのと同様だと博士は例えている。

AI時代に求められる人間の役割

 人工知能(AI)が人間の能力を超える「シンギュラリティ」について、ホーキング博士は危機感を持っていたことでも知られる。本書では「人工知能は人間より賢くなるのか?」という問題提起をしており、シンポジウムでも議題となった。

 落合さんは、システムを扱う立場から将来の展望についてコメント。須田さんは「生身の人間というよりは機械的な存在として、人類が宇宙に進出していく」という考え方に興味を示した。

 人類が1000年後も生き残るために、遺伝子工学を利用する可能性にホーキング博士が触れたことに関連して、昨年に中国で生まれたゲノム編集ベビーについても話題に。技術面や倫理面などから話し合った。

科学技術を人類で共有することが大切

 一般の参加者からは、「私の今見ている世界が仮想現実である可能性は?」「言語を翻訳した場合に、その前後の情報は同じものと言えるのか?」といった“ビッグ・クエスチョン”が飛び出した。

 最後にパネリストがそれぞれメッセージを語り、須田さんは「『私は限界を信じない』という博士の言葉に感動しました。彼の脳の中には広大な宇宙があって、1000年先の未来まで思い描いていたと思うと、人類の可能性は無限大だなと感じました」と述べた。村山さんは「未来を良くするためにホーキングは、科学や技術を人類で共有することが大事だと述べています。本当にその通りで、例えば遺伝子組み換えでは倫理的な問題がたくさんありますが、みんなが知識を持って一緒に考えられる環境が大切です」と話した。

 池上さんは「彼の同僚は『ニュートンは我々に答えを与えた。ホーキングは我々に問いを与えた』と言っています。ニュートン物理学で私たちは宇宙について目を見開かされ、答えをたくさんもらいました。でも研究していくと、どんどん新たな問いが生まれてきた。そのビッグ・クエスチョンに答えようとしたがこの本で、これを読むとまた、さまざまなクエスチョンが生まれてきます。その新たなクエスチョンを持って、我々はこれから生きていく必要があるのではないでしょうか」と締めくくった。

スーファミ、F1、カラオケ。博士と日本との意外なエピソード

 シンポジウムの前には、博士の次男ティモシー・ホーキングさん(39)が特別スピーチを行った。「父と私は普通の親子と同じような関係でした。ときには宿題を手伝ってくれることもありましたが、私の成績が急に良くなるので、先生は気づいていました」と、ティモシーさんは父親との思い出を語った。

 「『常に好奇心を持ち、周りのもの全てに問いかけをしなさい』という父の教えを、私も日々実践しています。熱意を持って新しい試みに取り組む父の姿勢には、今も触発されています。多くの情熱やエネルギーが注ぎ込まれたこの本は、最高の父親に捧げる別れのメッセージでもあります」

 博士が日本を訪れた際には、CDプレイヤーやビデオカメラなど最先端の日本製品ををおみやげに持って帰ったことが明かされた。「スーパーファミコンは当時発売されたばかりで、ゲームは全て日本語でした。『シムシティ』というゲームをして、緑色の髪のキャラクターが何を言っているのかを二人で一緒に考えたのを覚えています」とティモシーさんは語る。1992年の夏には家族で来日し、神戸牛を食べてカラオケにも挑戦したのは、良い思い出になっているという。

 また、F1レースの大ファンである博士は、1991年日本グランプリのエンジン音が収録されたインストルメンタルのCDがお気に入りで、イギリス国内を車で旅行する際にはいつも聴いていたそうだ。ある参加者の男性は「ホーキング博士が日本のCDをかけて、ドライバーの気持ちを体験していたのかなと想像すると、胸が熱くなりますね」と話していた。