――『Mr.CB(ミスターシービー)』は「日本初! センターバックが主人公のサッカー漫画」というキャッチフレーズにもあるように、守備の要であるポジション「センターバック(CB)」を題材にしたサッカー漫画です。あえてセンターバックを題材に設定した理由を聞かせてください。
実は、これまでセンターバックの選手を主人公にしたサッカー漫画がなかったというのは、後づけで知ったことで……。だから、戦略的にセンターバックの選手を主人公に設定したわけではないんです。始めるきっかけは(綱本さんが原案を手がけたサッカー漫画)『GIANT KILLING(ジャイアントキリング)』の読者でもあった「ヤングチャンピオン」牧内真一郎・前編集長と定期的にやっていた打ち合わせという名の飲み会でした。その何年か前の飲み会の席で僕は牧内さんに「もし次にサッカー漫画をやるならば、センターバックを主人公にしたい。タイトルはミスターシービーでやりたい」と話していたらしく……。17巻まで続いた競馬漫画『スピーディワンダー』のお疲れさん会の席のときだったかな。そんな話をしていたことすら僕はすっかり忘れていたのですが(笑)、牧内さんから「ミスターシービー」をやってくださいと打診されました。
そもそも、なぜセンターバックを題材にしたかと言うと、僕自身がジェフユナイテッド市原・千葉のサポーターであることが関係しています。これまで600〜700試合、ジェフの試合をスタジアムで見てきた僕の“生息地”はゴール裏。ゴール裏から見えているサポーターの景色とセンターバックから見えている景色は近いし、一番自分が見てきた景色だから嘘偽りがない。センターバックから見える試合中の光景はもちろんのこと、クラブだったり、サポーターだったり、センターバックから見えるクラブ全体の光景を描きたかった。だからセンターバックの選手を主人公にした『ミスターシービー』が生まれたんです。
――日頃の観戦スタイルの延長線上に『ミスターシービー』があるのですね。
実は「ジャイキリ」を描いたきっかけも、ジェフが影響しているんです。(日本代表監督にもなった)イビチャ・オシムさんがジェフの監督になってから、それまで見たことがないほど、ジェフのサッカーが劇的に変化しました。「監督が代わるだけでこんなにもクラブのサッカーが変わるんだ!」という現実を目の当たりにして、監督を主人公に設定した「ジャイキリ」を始めました。「ミスターシービー」は戦略的というよりも、自分が一番近くで見てきた景色を描きたかった。ゴール裏で息をして、そこの空気を一番吸っている僕が描くべきは、ゴール裏から見える景色。仮に僕自身がゴール裏で試合を見るサポーターでなければ、センターバックの漫画はやっていないと思います。
――こちら側の勝手な解釈では、センターバックは有力選手が育ちにくいポジションのため、センターバックを主人公にした漫画を描くことで、そのポジションに憧れる選手を増やして、日本サッカーのセンターバック育成に貢献したいという思いがあるのかなと思っていました。
建前でもそう言ったほうがいいのでしょうけど、それを言ってもウソっぽいですからね。ただ結果的にそうなってくれればうれしいです。先日、2018年限りで現役を引退した元日本代表選手の中澤佑二さんと話す機会がありました。中澤さんはセンターバックにスポットライトが当たった漫画があることを喜んでくれました。この作品によって、センターバックをやりたいサッカー少年が増えてくれればうれしいですと。そこまで言っていただきました。
――実際に日本トップクラスのセンターバックだった中澤さんに話を聞く中で、新たな発見はありましたか?
一番印象に残ったことは、「試合中は常にアラート状態にある」という言葉。サッカーはたとえ相手陣地にボールがあっても、ロングボール一発で展開が変わることもあるスポーツ。なので、おぼろげながらでも、そうだろうなと思っていたことを、実際に言葉で耳にすると、その重みを痛感しました。集中しようと思って集中できるものではなく、自分が集中していないなと思ったときは、集中できていない証拠だと。ずっとアラート状態にあると、必要なこと以外、周囲の声は聞こえなくなると話されていました。
常にアラート状態にあることでプレーの初速も全然違うようです。中澤さんの話を聞いて衝撃を受けたのと同時に、おぼろげながら思っていたことに確信も持てた。物語の中で千明の空間認知能力を上げるために、野球をやらせる話があるのですが、中澤選手いわく、実際にやったことはないけど、野球をやることで空間認知能力はつくのはありえると思います、とのお墨付きもいただきました。
――ちなみに物語の中でのクラブの状況設定を、「NF3(ニッポン・フットボールリーグ・カテゴリー3)からNF2(同・カテゴリー2)に昇格できなければクラブ消滅」としたことには、何か理由があるのでしょうか?
僕の描く漫画は、追い込まれる人たちの物語が多いんです。『U-31』という作品はアトランタ五輪組の選手が戦力外通告を受けたことから物語が始まるし、『スピーディワンダー』も処分されそうな馬の大逆転物語がベース。僕自身、強いチームをずっと応援し続けるタイプのファンでもない。選手はそろっているけど、うまくいっていないチームという状況設定は実際にもけっこうありますからね。
日本サッカーも成熟してきて、Jリーグも3部(J3)までできました。3部のクラブは一定数のプロ契約選手を保有していれば、3部リーグに参戦できる。でも実際に2部(J2)に昇格するには、ある程度の資金力とほぼプロ契約の選手によるチーム編成でなければ難しいのが現実で、そういった状況設定のクラブがカテゴリーを昇格していく物語を描く方が、時代に即しているんじゃないかと。
また僕は東京生まれの東京育ちなので、ほかの街のことは詳しくは分からない。だからホームタウンは馴染みのある湾岸エリアにして、クラブ名は「東京ワンダーズ」にしました。作品では自分が呼吸している空気の延長を描きたかったので、クラブ設定は意外とすんなり決まりましたね。
――綱本さんは東京生まれの東京育ちということですが、ジェフとの出会いのきっかけは?
きっかけは千葉の高校に通っていた、ただそれだけなんですよ、実は。欧州や南米では育った街にあるクラブを応援するという風潮があることは分かっていたので、それならば千葉のチームかなとジェフの応援を始めました。だから深い意味はないんです。仮に横浜の高校に通っていれば、(横浜)マリノスかフリューゲルスのサポーターになっていたのかな。
国立競技場では観たことはありましたが、ホームスタジアム初観戦は1999年。後輩と遊ぶ約束をしていて、サッカーを見に行くことになった。そして当時の臨海(市原臨海競技場)へ行ったら、2000人程度しかお客さんが入っていませんでした。「これは僕が見に行かないと、このクラブは潰れてしまうかも……」と勝手に思いましたね。それからです。ジェフの試合を見に行くようになったのは。強烈な思いがあるわけではなく、生活にジェフが入り込んできた形。見ていると愛着が湧くし、しかもあまり強くなかったこともある意味、魅力的でした。親会社が撤退するかもしれないという話が持ち上がったことも、僕のサポーター心に火をつけた。
――先ほど600〜700試合ジェフの試合を観戦してきたとおっしゃっていましたが、なぜそこまでジェフに魅せられたのでしょうか?
実は2005年からは9シーズンほど、全試合を見に行ってました(※J1は年間34試合、J2は年間42試合)。「本当にジェフのことが好きなんですね!」とよく言われるのですが、もはや好きか嫌いかという観点で論じられる存在ではないんですよ。例えば朝起きて、歯を磨くじゃないですか。サッカーの試合が行われていて、物理的な時間やコスト面、そして体力面を考えても、ジェフの試合へ行けなくないのに、行かないという選択は、もはや朝起きて歯を磨かないことと同じ感覚。それをやらなければ気持ちが悪いんです。
それこそフクアリ(フクダ電子アリーナ=ジェフのホームスタジアム)へ行くとなれば、ほぼ1日潰れるので、「今日もフクアリか……」と思って行くけど、行けば行ったで盛り上がる。またチーム状態が悪ければサポーターが一生懸命応援するという感覚は、歯が痛いので治そうとして、一生懸命歯を磨こうとすることと同じ感覚なんです。
――例えばメインスタンドの指定席で見るとか、ゴール裏以外の座席で見るという選択肢はないのですか?
ジェフを応援するようになってから、ゴール裏以外の席で見るという選択肢がそもそもありません。「綱本牧場」というスポンサー名義でスポンサーをやらせていただいたときに、バックスタンドの席をクラブからいただいていました。でも、それはサポーター仲間の親に譲って、自分はシーズンチケットを買って、ゴール裏で見ていました。もちろん、今年もシーズンチケットを買って見ています。ジェフの試合観戦は、もはや生活の一部です。生活の一部にサッカーやJリーグがあって、生活の一部にあるサッカーの中で、一番身近なものがセンターバックだった。新たなサッカー漫画を始めるにあたって、これ以外の選択肢がなかったですし、自然とそうなりました。
センターバックにフォーカスを当てて、物語を描いていく中で分かったのは、センターバックというポジションはコンビを描ける面白さもあるということ。『ミスターシービー』ではベテランの吉永と新人の千明の二人を相棒として描いていますが、センターバックを取り上げることの副産物として、センターバックコンビの人間関係も、作品の中で浮き彫りにしています。
――なるほど。作品の中で千明選手が「センターバックから見える景色が好きなんです」というセリフがありますが、それは綱本さんの実体験でもあるのですね。
例えば、向こう側でジェフのゴールが決まったあと、こちら側のセンターバック同士や守備陣が喜びを共有しているシーンは結構好きですね。僕自身、縁の下の力持ち的な存在が好きなのか、例えばバンドの音楽を聴いていても、どうしてもベース音を追ってしまう。音楽はベース音が下支えしているし、サッカーでもセンターバックというポジションはチームを下支えするような存在ですからね。ゴール裏から見た景色が武器というよりも、それしかできないと言った方が正しいのかもしれません。
――綱本さんが漫画の原作を手がける上で大事にしていることは、何でしょうか?
読者の方々にはサービス精神旺盛であろうとは思っています。映画やドラマでも、物語が次どうなるんだろうという、ワクワク感や引きが強いと読者の興味を引くことができますから。そのためにも、まずは担当編集者を驚かせようと常に仕掛けています。漫画の原作者にもいろいろなスタイルがある。でも僕は一話ごとに打ち合わせをすることもないし、話の大筋を打ち合わせた上で次の話を描くスタイルでもない。まずは自分の中にある構想をそのまま物語に反映して、それを編集者にダイレクトに見てもらいます。編集者の方は、最初の読者。プロとして仕事をしている編集者はいい意味でスレています。そんな編集者に面白いと思ってもらえれば、その先にいる読者の方々にも、きっと面白いと思ってもらえるはずですから。
ただその分、リスクは高いと思いますよ。毎回勝負を仕掛けているようなものですから。もちろん楽しいですし、毎回編集者の方からどんな反応が返ってくるのか、ドキドキするんです。例えば、担当編集者の方がすぐに応対できない時もあるのに、リアクションが遅いと、「編集部で何か揉めているのかな……」とドキドキしてしまう(笑)。毎回、合格発表を見に行っているような感覚ですね。
――そのようなスタイルだと、メンタルがすり減りませんか?
いえ、楽しくやっていますよ。書いているときは確かに苦しいですが、苦しさも楽しさの一つ。楽しいだけで仕事ができている世界はなかなかないですよ。「前回の話で大風呂敷を広げたけど、どう話を回収しようかな……」と悩み、苦しむことはもちろんあります。でも、そうやって苦しむと、意外といいものができたりするんです。
目先の一回を積み重ねていって、単行本1巻の終わりをどうするか。そういったイメージを持ちながら、単行本サイドで考えることも多いですね。もちろん、毎回ヤングチャンピオンを読んでいらっしゃる読者の方を楽しませることも追求しています。単行本を読んでいる方には「次の巻はどうなるんだろう……」と思ってもらえるように。そして単行本の最終話が「え!」となるように終わらせたいとは思っています。
――好書好日を通じて『ミスターシービー』を知る方もいると思います。最後に読者の方々へメッセージをお願いします。
どうやら日本初のセンターバックに焦点を当てた漫画なので(笑)、この物語がどう転がっていくか。この先のことは僕自身も分かりません。ただ僕はセンターバックだけを描きたいわけではなくて、センターバックというフィルターを通して、クラブや日本サッカー、そこに携わる人間たちを描きたいと思っています。ぜひ、センターバックにカメラがついている感覚で、そこから見える日本サッカーのすべてを楽しんでください。
実はタイトルの「Mr.CB」を「ミスターシービー」と読ませるのは、かつての三冠馬であるミスターシービーが由来です。語呂もすごくいいですし、僕も競馬が好きですし。例えば登場人物の一人である千明の名前は、ミスターシービーが生産された千明牧場から取りました。そのほかのキャラクターである吉永、猿橋、楳埜などは、調教師や騎手などを参考にして、キャラクターの名前をつけました。「ミスターシービー」は競馬ファンでも楽しめる内容になっているんです(笑)。