過去・現在・未来の「危機」を語る
「危機の時代、文学の言葉」をキーワードに佐伯一麦さん、多和田葉子さん、松浦寿輝さんによるトークイベントが先月、東京都内で開かれた。シークレットゲストとして古井由吉さんも登場。遠い空襲の記憶から、人類が滅びた後の地球まで、広く深く語り合った。
佐伯さんは『山海記(せんがいき)』、多和田さんが『地球にちりばめられて』、松浦さんは『人外(にんがい)』、そして古井さんの『この道』。4人はともに文芸誌「群像」で連載した小説を昨年から今年にかけて刊行した。
佐伯さんは20代の頃、電気工をしていた。「よくあの足場から落ちなかったと今振り返って総毛立つ。本当に怖いのはそのときではなく後になってから。文学もそのときに言葉は出てこない。東日本大震災も8年たってやっと危機を振り返られるのではないか」
古井さんの近作は空襲の記憶がよく呼び起こされる。「大変な災害の記憶は忘れないと生きてゆけない。しかしそれは風化ではない。ある時期にもう一度よみがえってくる。震災の体験がこの国全体に広がるのはこれからでは。足がすくむのはこれからではないか」。聞き役のようになった松浦さんが81歳の古井さんに「毎日の生活を危機と言いそうですね」と向けると「そう、危機は日常に内在している。そして危機があるから力が出てくる。赤ん坊をご覧なさい。まして老年になると、自分がまだ生きていることも不思議だ」。
松浦さんから「多和田さんの作品は破局後のディストピア小説なのになぜか明るい」と問われ、「危機が大きくなってくると人間のドラマを超えてしまう」と多和田さん。「地球がだめになるかもしれないとき、人間ではないものも滅びてしまう。それを考えると、『悲しい、苦しい』というレベルではないことが起きているのではないかと思います」(中村真理子)=朝日新聞2019年5月15日掲載