作者と境遇重なる「私」 心情生々しく
日本SF大賞と三島由紀夫賞に『名もなき王国』(ポプラ社)が候補となった倉数(くらかず)茂さん。受賞は逃したが注目を集めた。朽ち果てそうな屋敷の女老主人。へその緒代わりの茎を生やした胎児。外界と閉ざされた街から脱出を試みる少年少女――いくつもの幻想的な物語が入り組んで、壮大な迷宮のような小説だ。
もともとあったのはいくつかの掌編。ただ並べるのではなく、くるみこむような仕掛けを考えてくれ、という編集者の要望に応え、物語は増殖を始めた。違ったタイプの挿話を建て増ししながら、全体のつじつまを合わせる。書き終えるまでに、5年が過ぎていた。
有島武郎など日本近代文学を研究したが、大学院を修了後、ポストは得られず。中国に渡って5年間、大学で日本語を教えた。40歳を前に帰国後、職も決まらず、中ぶらりんのなか、「ずっとやりたかったことをやろう」と本格的に小説を書き始め、2011年に42歳でデビューした。
複雑に作り込まれた設定のなかで、境遇や経歴が自身と重なり合う「私」の心情が際だって生々しい。「つらい思い出や売れない作家の愚痴を書いているとすごく楽しかった。俺かわいそうだな、泣けてくるなあ。そんなの、ひとには言えないじゃないですか」
何が現実で何が虚構なのか。物語にひきこまれ、その境界がぼやけていく。
「虚構をかませないと、現実を構築できないのが人間なんでしょう」(宮本茂頼)=朝日新聞2019年6月26日掲載