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「三国志」ファン歴20余年、箱崎みどりアナの推しメンは馬謖を諫めた副官・王平

文:篠原諄也 写真:松嶋愛 ©関羽像 青銅製 明時代・15~16世紀 新郷市博物館蔵

三国志の魅力は豊富なバリエーション

――最初に箱崎さんの推しメンを教えてください

 蜀の軍人・王平が好きです。「泣いて馬謖(ばしょく)を斬る」で知られる馬謖の副官だった人です。馬謖は孔明が可愛がっていた武将なんですが、机上の学問の人で自分勝手に陣地をとってしまって、それが原因で負けてしまうんです。孔明は責任をとって、可愛がっていた馬謖を斬る。

 王平はそんな中で、何度も馬謖を諌める人物です。馬謖は結局それを聞かないので失敗してしまうんですが、王平はその被害を最小限に抑えるようにしました。読み書きはあまりできなかったようですが、歴戦の積み重ねで要所を押さえていました。現場の経験値が豊富で、立場が上の人物に対してもしっかりと意見を言えるところがかっこいいなと思います。華々しいわけではないけれど、自分の仕事は的確に必ずやり遂げるところに渋い魅力を感じます。

――箱崎さんは「三国志」のファン歴は20年以上とのことですが、どんな点が魅力なんでしょう?

 「三国志」は本当に色々なバリエーションがあるので、何回も楽しめることです。普通小説などのお話は一度読んだらおしまいだけれど、「三国志」は探せば探すほど作品があります。登場人物や戦いの勝敗はだいたい一緒ですが、話の筋や登場人物の解釈が少しずつ違っていたりします。新しい研究や作品もどんどん出てくる。まるで食べ尽くせない料理が次々と出てくるようです。

江戸時代には男女逆転ものや春画も

――今執筆中の本では「三国志」の日本でのバリエーションの豊かさに着目しているそうですね。

 日本では日本書紀から現代まで、たくさんの作品があります。本では特に江戸時代以降について取り上げる予定です。庶民の間に広がったのが江戸時代なんですが、今回詳しく調べてみて、本当にたくさんの作品があってびっくりしました。浄瑠璃、歌舞伎、見世物、春画などがあるんです。今でいう二次創作的な作品もあります。

――なぜ庶民に広まったんですか?

 庶民の識字率が上がったのが理由のひとつです。当時、中国で生まれた歴史小説「三国志演義」が日本で翻訳されました。もともと日本には平家物語などの軍記物を講談で読む人がいて、その流れの中に「三国志」も入って、講談でも広がっていきました。流行すると便乗商法のようになって、どんどん色々な作品になっていったんじゃないかと思います。

――どんな作品があるんでしょう?

 たとえば、インパクトの強いものでは男女逆転三国志『傾城三国志』があります。主要な登場人物が女性になっていて、皆たすきをかけて合戦しに行く。女性だからといって、大奥同士のやりとりのようなドロドロとした話があるわけでもなく、普通に戦場で戦うんです。話自体は男女を入れ替えただけなので、特に面白いわけでもないんですが(笑)。

――発想が最近のアニメや漫画の二次創作と似ていますね。

 よっぽど好きだったんでしょうね。「三国志」をパロディにした春画まであるんです。全然意味がわからないんですけど、劉備玄徳を玄さんとお徳さんと名前を分けて、それぞれが男女になっている。関羽などもお関さんと羽兵と同様に男女になっていて、何人かでやっていたり。面白いですけれど、なんでこうなっちゃったんだろうと思います(笑)。

敵国の「三国志」がブームになった理由

――箱崎さんの修士論文のテーマは「日中戦争期における『三国志』ブーム」だったそうですが、どういう内容なんでしょう?

 日中戦争時代、日本で「三国志」がブームになりました。小説、子ども向けの本、史書の書き換え、孔明の評伝などが出ています。たとえば、有名な吉川英治の小説『三国志』も新聞連載されていました。彼自身が従軍していて、現地で見たものが小説に反映されています。戦況が盛り上がると、話が盛り上がったりします。新聞の見出しと連載の話の進み具合が影響しあっているんです。そうした当時のブームについてまとめました。

――敵国である中国の作品がブームになるのはなぜなのでしょう?

 日本は当時、大東亜共栄圏を作ろうとしていました。中国とは戦わなきゃいけないけれど、日本の正しさを受け入れてもらえれば、アジアの仲間として共に大東亜共栄圏を作るんだ、と考えていた。だから、共産党や国民党など中国のトップは敵だけれど、民衆は愛すべき同胞だという発想がありました。日本の兵隊さんたちは中国のために戦っているという、たてまえだったんです。

 日本の人たちは、自分のお兄ちゃんやお父さんはどこで誰と戦っているんだろう、中国とはどんな国なんだろう、といった関心がありました。それを知るために「三国志」を読んでいたようです。

――吉川英治の『三国志』もそのように読まれていたんですね。この小説の魅力はどういう点でしょう?

 冒頭がまるで冒険活劇のように面白く書かれています。劉備が黄河の流れを眺めるシーンから始まって、最初の冒険が繰り広げられます。その後の劉備とお母さんの川べりでのエピソードは有名です。お母さんにあげるお茶を守るために、自分の家に代々伝わる刀を失ってしまったことを怒られてしまう。この話は実は吉川英治の創作なんですが。

――もともとない話だったんですね。

 親孝行の話は今だったらちょっと古臭い感じがするんですけど、当時はそれが見習うべきこととされていました。みんなが天皇の子どもで、親孝行をするために戦争へ行って国を守る、という価値観があって。そうした時代の考え方と合致していたんです。

――社会状況と関わり合いながら、作品ができているんですね。

 日中戦争よりも前の話ですが、明治時代には孔明が国定教科書に載っていて、人々の間で人気でした。中国文学研究者の井波律子先生が指摘しているのですが、英雄化された孔明のイメージは明治の国家主義的な時代精神に合っていたといいます。国に忠義を尽くして、粉骨砕身頑張って、国のために死んでいく。明治国家は国民に孔明みたいになってほしいと思っていたんです。

「三国志」は『ボヘミアン・ラプソディ』

――箱崎さんが最初に「三国志」に出会ったきっかけは?

 小学2年生の時に、NHK「人形劇三国志」の再放送にハマったのが最初です。子どもにわかりやすい勧善懲悪のストーリーでした。主人公の劉備はいいキャラクターで、どんな困難があってもへこたれずに頑張っていく。曹操は悪役らしく「ハッハッハ」と高笑いをしたり。

 登場人物が歴史の通りに死んでいくので、愛着あるキャラクターが簡単に死んじゃうのはショックだったんですが、それが拒否反応にならずに面白さを感じました。見終わると今でいう「人形劇三国志ロス」になってしまって、図書館で「青い鳥文庫」や『爆笑三国志』など子ども向けの「三国志」の本を借りるようになりました。

 「人形劇三国志」の劉備がすごくいい人だったのもあって、劉備の仲間はみんな好きでした。大人向けの作品を読むにつれて「劉備が単なるいい人物でもないぞ」と思うようになったんですが。高校生くらいになると、孔明が好きになりました。大局的に物事を考えていて、目的に向かって合理的に孤軍奮闘していくところがある。知的なキャラクターに惹かれたのかもしれません。

――「三国志」に詳しくない人に向けて、その魅力をどう紹介しますか?

 先日、ラジオの放送で「三国志」は『ボヘミアン・ラプソディ』みたいだと話しました。あれはフレディ・マーキュリーという実際に生きた人物がいるんだけど、生涯をそのままではなく、出来事をうまくまとめて脚色しています。「三国志」も同じで、実際にあったことを元にしながら、つまらないところはカットして、面白いところは膨らませている。歴史だから難しいとは思わずに、気軽に楽しめる娯楽作品として受け入れてほしいなと思います。