変化した社会 書けることあるかと
住み心地のいい一軒家の離れで暮らす春子は39歳。実家を出て10年、ひとり暮らしに満足している。仕事をして、たまに女友達と会い、休日には趣味の「消しゴムはんこ」を彫る。そこへ、母屋に住む高齢の大家さんが亡くなり、長女で63歳のゆかりが越してくる。裏手には、ゆかりの義理の姪(めい)、沙希も住んでいて、新婚で25歳の沙希は早く子どもが欲しいと焦っている。
「自分が40代に入って、時代的にも世代的にも上と下の両方を見渡せるようになった。たとえば、インターネットがない時代と、ある時代とか」。いまの30代前半は景気の良かった頃の感覚を知らず、逆に上の世代には、若者の切実さが伝わらないことも。「私が生きてきたあいだ、日本の社会はすごく変化が激しかった。移り変わりを見てきたなかで、何かしら自分に書けることがあるんじゃないかと思ったんです」
生きてきた時代や環境の違いが価値観の違いとなり、そのずれが三者三様の生きづらさにつながっていく。だが、本音をぶつけ合うような殺伐とした展開にはならない。沙希に心ない言葉をかけられても、「春子は相手の価値観が違うとか、自分が正しいって言いたいわけではなくて、なんでそう思うのか、どういうふうに考えてるのかを知りたいっていう気持ちの方が大きい。小説自体も、そういうものとして書きたかった」と話す。
「現実だとなかなか付き合いづらい人とも、小説のなかでだったら一緒に時間を過ごせる。隣の家でなんか揉(も)めてんな、ぐらいの感じで読んでもらえたら」
本作は、美大出身OLの日々をつづった『フルタイムライフ』(河出文庫)、アラサー女性3人の視点で描く『虹色と幸運』(ちくま文庫)と並び、「誰にでもよくあるようなことだけで書こう」シリーズの一作でもあるという。「ビッグイベントだけに注目していると見落としてしまうようなことでも、人生に大きな影響を与えることがある。それは十分、書きがいがあることだと思います」
小説でもエッセーでも、言葉にしにくい日常の感覚を書くことが多い。そう水を向けると、「普段の生活で言葉にならないけど気になるようなことが、私はずっと気になるんですよ。意識的にしてるとかではなくて、癖ですね」と笑った。
それは『待ち遠しい』でも、〈電車が地下から地上に出るときの感じが、春子は好きだ〉といった、ふとした1行にあらわれる。
「言葉にしたいというよりは、なんで気になるのかを考えたい。考えるのはやっぱり言葉だから、それが書くことにつながっていくんです」
だから、読者の共感を得るためだけに書くわけではない。「誰かと共通点を探して○が多かったから、というのが共感だとは、私は思わないんですよね」。そうした共感が支えになってくれることもある。でも。
「答え合わせをするような共感ではなくて、自分以外の人の人生を想像するような共感もあるんじゃないか。自分とは違うんだけど気持ちがわかる気がするとか、気になって、かまってしまいたくなるみたいな。そういう小説が書ければいいなと思っています」(山崎聡)=朝日新聞2019年7月10日掲載