役に立つと言っても、650年の歴史を持つ能の世界に生きる著者のこと、入試に受かったりカネがもうかったりする話ではない。そうしたことは最も遠くにあって、風雪に耐えたものの重みを身体で感じ取ることの大切さが語られている。
何かと「すぐわかる」ことが喧伝(けんでん)される時代、物事を見たり考えたりする時の射程が短すぎると憂う。
「鼓は50年経つと音が鳴るようになります。鼓は役に立ちますが、50年しないと効果を発揮しない」
能の稽古を始める時は相手に二つ約束してもらう。一つは、10年間は質問をしない。もう一つは、余程のことがなければ10年間やめない。本当の面白さはそのくらいの年月をかけなければわからないからで、「その約束のもとでなら真の意味での稽古が出来る」。それは例えば「わかりやすく教えない」ことだという。
古典は「粗筋を追って読むものではない」と語る。本書でも「ゆっくり、じっくり読まれることを要求する」のが古典だと「遅読」を説き、そのためには音読して文章を「古典のリズムのままに、リズムを感じながら読んでいく」ことを推奨する。
この本では『古事記』『論語』『おくのほそ道』『中庸』の4作を取り上げ、独自の視点で縦横に論じている。『論語』に出てくる漢字は孔子がいた当時あったのかどうかを調べたら、「四十にして惑わず」の「惑」はなかったという。そこから元の字の推測を始め、これは「四十にして区切らず」という意味なのではないかと考えるに至る。仮説を立てる、元の元までさかのぼる、そして思考を奔放に羽ばたかせるのは、この異能の能楽師の真骨頂だろう。
社会問題についても多く発言している。楽観とは言わずとも悲観には陥らない。ユーモアを大切に、「いかに朗らかに生きていくか」を考えている。(文・写真 福田宏樹)=朝日新聞2019年8月17日掲載
編集部一押し!
- 著者に会いたい にしおかすみこさん「ポンコツ一家 2年目」インタビュー 泣いて笑って人生は続く 朝日新聞読書面
-
- 韓国文学 SF・ホラー・心理学…広がる韓国文学の世界 書店員オススメの5冊 好書好日編集部
-
- 韓国文学 ノーベル文学賞ハン・ガンさん 今から読みたい書店員オススメの7冊 好書好日編集部
- インタビュー 楳図かずおさん追悼 異彩放った巨匠「飛べる話を描きたかった」 2009年のインタビューを初公開 伊藤和弘
- インタビュー 「モモ(絵本版)」訳者・松永美穂さんインタビュー 名作の哲学的なエッセンスを丁寧に凝縮 大和田佳世
- トピック ポッドキャスト「好書好日 本好きの昼休み」が100回を迎えました! 好書好日編集部
- インタビュー 寺地はるなさん「雫」インタビュー 中学の同級生4人の30年間を書いて見つけた「大人って自由」 PR by NHK出版
- トピック 【直筆サイン入り】待望のシリーズ第2巻「誰が勇者を殺したか 預言の章」好書好日メルマガ読者5名様にプレゼント PR by KADOKAWA
- 結城真一郎さん「難問の多い料理店」インタビュー ゴーストレストランで探偵業、「ひょっとしたら本当にあるかも」 PR by 集英社
- インタビュー 読みきかせで注意すべき著作権のポイントは? 絵本作家の上野与志さんインタビュー PR by 文字・活字文化推進機構
- インタビュー 崖っぷちボクサーの「狂気の挑戦」を切り取った9カ月 「一八〇秒の熱量」山本草介さん×米澤重隆さん対談 PR by 双葉社
- インタビュー 物語の主人公になりにくい仕事こそ描きたい 寺地はるなさん「こまどりたちが歌うなら」インタビュー PR by 集英社