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阿部和重さん「オーガ(ニ)ズム」インタビュー 神町トリロジーが完結、登場人物に日米関係を投影

阿部和重さん

敗戦からの非対称、でも追い出せない

 『オーガ(ニ)ズム』の主人公は「阿部和重」という名の小説家だ。映画監督の妻「川上」は出張中で、3歳になる息子と留守番する部屋に血まみれの男が駆け込んでくる。ラリー・タイテルバウムと名乗る男はCIAから来たという。この世界では11年に「永田町直下地震」が起き、国会議事堂が崩落、首都機能が山形県の神町に移されている。オバマ米大統領の来町が控えるなか、阿部和重は核爆弾テロの危機を察知したラリーに子連れで巻き込まれてゆく。

 第1部『シンセミア』(03年刊行)はパン屋の田宮家を中心に、戦後の占領期から現代までの神町を描く。主要人物は60人、激しい暴力と性欲、権力闘争にまみれた群像劇だった。第2部『ピストルズ』は、一子相伝で秘術を継ぐ菖蒲(あやめ)家の歴史を次女が語る、その語りを書店主が書き留めた手記という形式。『シンセミア』ですでに「阿部和重」という作家が存在し、書店主の手記を『オーガ(ニ)ズム』の登場人物が読んでいる。小説が小説をのみ込み、語りを変えながら巨大化した物語は今や「町が主人公」だ。

 『シンセミア』の連載時から3部作の全体像が見えていた、という。共通する主題は日米関係。「敗戦後の日本の状況を物語化したいという思いがあった。戦後、憲法も天皇のあり方も変わった。日本の構造の変遷を描くことは、日米関係をどう描くかだった」

 ラリーに「トモダチ」と言われる主人公は「属国人」と自称する。2人の関係には現実の日米関係が投影され、冒頭の血だらけラリーは危うい米国のイメージをまとう。「ラリーをやむなく受け入れ、看護させられ、あれこれ買わされる様子は日米関係そのままだという発想がありました。非対称の関係は改善されなくてはいけないが、傷だらけのアメリカを追い出すことはできない」

 デビュー作『アメリカの夜』以降、現実の言葉や人物、文化や社会現象を創作に取り入れてきた。今作にはおびただしいまでの新聞記事が引用されている。国内外のメディアにネットニュースも。「引用は、読んだことのある人にとって見知った現実の一つ。誰もが知っている記号を物語の中で語り直すことで、違うイメージを浮かび上がらせたい」

 現実や事実という言葉を強く意識するのは、今作の連載を始めた16年秋、後にトランプ大統領を誕生させる選挙戦が続いていた背景もある。「フェイクニュースにポスト・トゥルース。そんな言葉が乱れ飛ぶ状況で作品を構想していた。自分なりに現実とどう向き合うかを考えていました」

 自分の名前を主人公としたのもそう。ウィキペディアの自身の欄にある匿名の誰かが書いた文章を引いて、主人公の地の文の語りに繰り返し入れた。「これが私です」と書くのと、ウィキペディアを引用することは何も違わないのではないか、という遊び心に満ちた批評でもある。「言葉をいくら組み合わせてもイメージにイメージを重ねるだけ。リアルから離れていく。自分が思ったことをそのまま書くことが、現実を書いたことになるわけではない。書き手も読み手も強く念頭に置いておかなければ。そういうところからフェイクは生まれてくるのだから」(中村真理子)=朝日新聞2019年10月2日掲載