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「怪談ワールドカップ」開催! 恐怖と感動の渦に包み込む〝各国代表〟4冊

文:朝宮運河

 日本中を熱狂と感動の渦に包みこんでいるラグビー・ワールドカップにあやかって、今月の怪奇幻想時評では、「怪談ワールドカップ」を開催してみたい。

 まずはタイ代表を紹介しよう。『亜細亜熱帯怪談』(髙田胤臣著、丸山ゴンザレス監修、晶文社)は、タイ在住20年の著者が同国の知られざる怪談・心霊スポットを紹介した異色のルポルタージュ。おそろしげなカバーイラスト(バンコクの画家が手がけたもの)とともに、530ページ超というボリュームにまず圧倒されるが、この厚さには理由がある。「ピー」と呼ばれる精霊への信仰が根付いているタイでは、人びとは日常的に怪談に関心を寄せ、死者の霊を恐れている。いわば東南アジア屈指の怪談大国なのだ。

 同書にはタイ人なら誰でも知っている古典怪談「メーナーク・プラカノン」を筆頭に、仏教に由来する妖怪「プレート」の目撃談、津波被災地に現れたリアカーの幽霊、タイ最恐の心霊スポット訪問記など、興味津々のエピソードがずらりと並ぶ。
 動物霊がほとんどいない(輪廻転生が信じられているため)という仏教国らしい特色がある一方で、わが国の「ろくろ首」「座敷わらし」との繋がりを感じさせる怪談もある。ことさら恐怖を煽る書き方がなされているわけではないが、事実のもつ重さと生々しさに何度もぞくっとさせられた。
 さらにベトナム、カンボジア、ミャンマーなど、東南アジア各国の怪談事情も紹介。「新たなアジアの一面を深く覗き込みたいと望むとき、怪談は有効な手段なのである」と著者が述べているとおり、素顔の東南アジアに触れることができる。

 続いてアメリカ代表。荒俣宏編『アメリカ怪談集』(河出文庫)は19世紀に活躍したホーソーン、ポオから、20世紀のブラッドベリまで、アメリカンホラー屈指の名品をバランス良く収めたアンソロジーだ。個人的に忘れがたいのは、カウンセルマンの「木の妻」。根元に死体の埋まっているカシの木が、愛する女性のため獲物を捕まえたり、赤ん坊をあやしたりするという、なんとも奇妙な味わいの短編である。
 怪奇性と幻想性を備えた全13編と、「幽霊と悪魔は大西洋を越えたが、妖精は大西洋の荒波を越えられなかった」と鋭く指摘する編者解説を併読すれば、ヨーロッパ諸国と似ているようで異なる、アメリカンホラーの沃野を一望することができるだろう。なお同書は長く入手困難だったが、沼野充義編『ロシア怪談集』とともに先頃復刊された。

 お次はフランス代表。モーリス・ルヴェル『夜鳥』(田中早苗訳、創元推理文庫)は、フランスのポオと称される作家の短編集。絞殺死体を前にしたおぞましいドラマ「青蠅」、顔を硫酸で灼かれた男の復讐譚「暗中の接吻」、空き巣に入った悪人が恐怖に見舞われる「空家」など、いずれも即物的な残酷趣味とショッキングな幕切れに特色がある。人間の狂気や残酷さに怖さのポイントが置かれているあたりは、いかにも『残酷物語』のリラダンを生んだお国柄だろうか。
 大正期から昭和初期にかけて盛んに翻訳されたルヴェルは、わが国にも根強いファンが多く、探偵小説の鬼才・夢野久作が愛好していたことはよく知られている。こちらも新刊では買えない状態が続いていたが、創元推理文庫の復刊フェアによって入手できるようになった。未読の方はぜひこの機会に。

 これらの強豪をわが国で迎え撃つのは、福澤徹三『S霊園 怪談実話集』(角川ホラー文庫)だ。自殺があった踏切で動き回る光、アパートの階段を登ってくるヒールの足音、廃屋の押し入れで見つけた古い木箱――。日常にふと姿を現す不可解なものたちを、丹念な取材によって拾い集め、記録した実話集である。
 福澤徹三といえば、アウトロー小説の書き手であると同時に、怪談小説・実話の手練れとしても名高い。淡々とした文章の向こう側に濃密な異界の気配を漂わせるテクニックは、今作でも健在だ。怪談は文章が命、とあらためて痛感させられる。中でもおすすめは「事故が相次ぐ場所」。著者の地元に実在する某マンションにまつわる怪談で、不可解な死の連鎖に慄然とさせられた。『亜細亜熱帯怪談』に登場するタイの事故物件と読み比べてみるのも面白いだろう。
 さて気になる栄冠はどの国に? スポーツと違って、審判の数だけ答えがありそうだ。