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本気で怖い「幽霊物件」にご案内 「ポルターガイストの囚人」など家が怖くなる3冊

絶妙なリアルとけれん味のバランス

 『ポルターガイストの囚人』(東京創元社)はデビュー作『深淵のテレパス』で一躍注目作家となった上條一輝の2作目。『深淵』に登場した怪異調査チーム「あしや超常現象調査」の芦屋晴子と越野草太が、今回は古い民家でのポルターガイスト現象に挑む。

 40歳を目前にした売れない役者の東城彰吾は、父親が介護施設に入り、無人となった実家に戻ってくる。引っ越しの日、近所の住人「女の人が二階にいるように見えた」と発言。その夜、かたかたという襖が動くような物音で目を覚ました東城は、仏間の遺影が落ちるという現象に遭遇。以来電気がひとりでに点いたり、水道が流れていたり、という異変が相次いだ。中でも怖いのは、二階に置かれていた大きなこけしが、ごろんごろんと音を立てて転がってくる場面。作者は前作同様、ささやかだが決して気のせいにはできない、絶妙なラインの怪異を迫真の筆致で描いていく。

 悩める東城の依頼を受けて、調査を開始した晴子と越野。会社員兼ユーチューバーである二人は、超常現象を肯定派でも否定派でもない、中立的なスタンスで調査するのが特徴。住宅工事のプロを呼んで床下から天井裏まで、異常がないか徹底して調べたうえで、定点カメラや電磁波測定器などの機器を設置し、現象の正体を明らかにしようとする。この怪異調査のプロセスが、上條作品ではとても丁寧に描かれる。それが懐疑的な読者をも納得させるリアリティと、怖さを生み出しているのだ。

 調査を進めるうちに東城の身にも異変が降りかかり、さらに越野までが黒い人影を目撃するようになる。地に足の着いた序盤から、物語が大きく動き出す中盤、そして思いも寄らない景色を見せてくれる終盤と、次々に局面が変わっていくストーリー構成の妙が、このシリーズの特色。今作ではミステリ的な仕掛けも施され、より後半のサプライズが大きくなった。キャラクターも魅力的なバランスの取れたエンタメホラーで、このジャンルの読者を増やしてくれそうだ。

建物の怪異をリフォームで解決する人気シリーズ

 お次もシリーズもの。小野不由美『営繕かるかや怪異譚 その肆』(KADOKAWA)は、著者の新たな代表作になりつつある建物怪談シリーズの最新作。今回も歴史ある城下町を舞台に、建物にまつわるさまざまな怪異が描かれる。

 冒頭に置かれた「忍びよる」は建物怪談としてはやや変化球。路上に落ちていたスマホを拾った会社員の択史は、オレンジ色のベストを着た人影に、後をつけられる。なんとか自宅マンションにたどり着いた拓史に、たまたま居あわせていた営繕屋の尾端はある工事の提案をする。この手の現象に慣れている尾端は、これまでにも建物が外構に適切なリフォームを施すことで、怪異に悩む人々を救ってきた。そのやり方は拓史のように、家の外で怪しいモノを拾ってしまった人にも有効なのだ。

 正統派の幽霊屋敷ものは、改装中の古民家から呪物が発見される「鉄輪」、郊外の家の風呂場に男の子の霊が出る「いつか眠りを」あたり。建物の来歴や構造と、住人を悩ませる怪異、そして尾端による鮮やかな対策がいずれもぴたりとはまっており、相変わらず高いクオリティを誇る。恐怖度がもっとも高いのは「夜明けの晩に」だろう。解体した実家の跡地に平屋を建て、一人で暮らし始めた高典は、奇妙な夢を見るようになる。目をつむってかがみ込んでいる自分の周囲を、複数の人間が「かごめかごめ」の童謡を歌いながら、回っているという夢だ。後ろから「だあれ」と呼びかけられ、恐怖で目を覚ます高典は、夢に出てくるのは死者であることを悟る。調査を進めた高典が、尋常でない死の連鎖に気づいて愕然とする、というくだりの恐ろしさは、いかにも最恐ホラー長編『残穢』の作者らしい。

 その一方で「迦陵頻伽」「風来たりて」には、土地の記憶や死者の思いを大切にする、このシリーズの優しいまなざしがよく表れている。建物の怪異とその対策を契機に、主人公たちは人生を見つめ直すことになるのだ。

幻の怪談実話がついに復活

 3冊目はノンフィクション。怪談ルポライター・小池壮彦の名著『幽霊物件案内』(文春文庫)が、単行本から四半世紀を経てついに文庫化された。「怪奇探偵」として各地で囁かれる幽霊事件を調査し、その歴史的背景を明らかにしてきた著者が、これまで見聞きしてきた建物にまつわる怪談を披露した一冊である。

 「ホテル」「住居」「学校」「会社」「病院」などにパート分けされて語られる怪談は、いずれも実話だけに生々しい手触り。鏡に黒い顔が映る都内のラブホテル、身体が「がらんどう」の女性が屋上に現れるマンション、ロッカーの上から顔が覗くという会社……。この怖さはエピソード自体の怖さもあるが、作者の文章力によるところが大きい。ルポライターである作者の怪談は淡々としていて、ある意味では素っ気ないのだが、その行間から言いようのない不気味さが漂ってくる。読んでいるうちに、何かにじっと見つめられているような落ち着かない気持ちになってくる。

 取材した怪談だけではなく、作者自身の体験談もいくつか収められているが、これがまた印象的だ。若い頃に交流があった少女の霊が、たびたび怪異を引き起こす「夏川ミサエの話」がまとう不穏さは、ちょっとただ事ではない。起こった出来事の怖さと文章の怖さが相まって、怪談史上屈指のエピソードになっている。

 本書の解説を執筆しているのは、ホラーミステリ作家・三津田信三。小池怪談に惚れ込み『幽霊物件案内』『幽霊物件案内2』の2冊を世に送り出したのが、編集者時代の三津田だった。解説では単行本刊行前後の思い出が語られていて、興味深い。

 本書と相前後して、角川ホラー文庫からは旧作2冊を合本文庫化した『【完全版】日本の幽霊事件 封印された裏歴史』も刊行されており、怪談実話の先駆者・小池壮彦にあらためてスポットが当たっている。小池怪談の復刊をSNSで訴え続けてきた私としては、とても喜ばしい。この波に乗ってぜひ(1冊目以上に怖い)『幽霊物件案内2』も文庫化してほしい。