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30代の既婚サラリーマンが女性に変身! 日暮キノコ「個人差あります」(第110回)

 もともと男だった主人公が何らかの超常的な理由で女になってしまう。いわゆるTSFマンガは昔から珍しくない。メジャーな作品では『らんま1/2』(高橋留美子)があるし、少々マニアックなところでは奥浩哉のデビュー作『変』(ヤングジャンプ青年漫画大賞準入選)もそうだった。少女マンガでは「ひとみデラックス」(秋田書店)に1980年代初頭に連載されていた『すーぱー・アスパラガス』という異色作があった。まだ『本気(マジ)!』でブレークする前、立原あゆみが第一線の少女マンガ家だった時代の作品だ。

 新興住宅地で一人暮らしを始めた高校生の星野ひろしは、庭に生えた巨大アスパラガスを食べたことをきっかけに女性化してしまう。そこには「植物星人」の地球侵略が関係しており、ひろしたちは「少年の血」を狙う植物星人と戦うため女性化させられたのだった。SFブーム全盛の80年代ならではの設定に時代を感じるが、ひろしが心身ともに女性化していく過程を描く前半部分はいま読んでも面白い。「ない、ない、ない。チ○○コがない……」というセリフは少女マンガ史に残るパワーワードだろう。

 リアルタイムの作品では、2018年に「モーニング」(講談社)で始まり、いまはウェブメディア「現代ビジネス」(同)と「コミックDAYS」(同)に移籍連載している『個人差あります』(日暮キノコ)がある。男性作家の立原あゆみが少女誌で『すーぱー・アスパラガス』を発表したのに対し、女性作家の日暮キノコが男性誌で本作を始めたというのも興味深い。
 32歳のサラリーマン磯森晶(あきら)は脳出血を起こして生死をさまよった直後、身体が女性に変わってしまう。それはごくまれに起きる「異性化」という怪現象だった。その後、晶は「ある行為」を通じて男に戻るのだが、それによって妻の苑子(そのこ)に秘密を抱えることに。さらに、その行為によって晶は再び女になってしまい、秘密を知った苑子は家を出ていく。異性化によって、晶はそれまで気付かなかった他人や自分自身の醜さも直視することになる。

 一時は出産を諦めていた小説家の苑子、女性になった晶に恋をしてしまう先輩の雪平(ゆきひら)、晶と同じく異性化した真尋(まひろ)、特殊な趣味を持つ澤(さわ)部長。タイトルからもわかるように、主人公の晶以外にも多くの人物にスポットが当てられた群像劇となっている。日本社会におけるジェンダー、多様な性のあり方、夫婦の形など、現代的な「性の問題」が満載で、いろいろ考えずにはいられなくなるだろう。
 内面まで異性化していった晶に対して、真尋の内面的性別はなぜブレなかったのか? 「ある行為」で異性化が起きる場合と起きない場合がある理由とは? 物語には不穏な空気とともに多くの謎があり、エロ目的や子どもだましとは一線を画す“社会派TSF”だ。