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チームを組んで2日間で本づくり イベント「NovelJam」に参戦してみた

文・写真:加藤千晶

27時間で本を作れ!今年のお題は「変」

 2019年11月2~3日、東京都三鷹市でNJが開催された。参加者44名は朝10時に集まり、イベントがスタート。12時には早くもチームに分かれる。発表されたテーマにそって小説を作り、翌日昼過ぎには出版だ。27時間で書籍化。もちろん、それまでに表紙デザインも編集も完了しなくてはいけない。

 チームは著者2名とデザイナー、編集者の4名で編成される。彼らの多くは初対面だ。実は参加前に打ち合わせをしたというチームもいたようだが、イベントタイトルのとおり、ジャムセッションのように即興の作品作りを楽しむチームもいる。私のチームの著者は、BL小説を書く楢川(ならかわ)えりかさんと、詩人の森田玲花(もりた れいか)さん。デザイナーは経験が豊富な中條(ちゅうじょう)ゆりかさん。「はじめまして」の挨拶もそこそこに、12時に発表されたテーマは「変」。各チームはプロット作成をスタートした。

プロットは早々に完成!難しいのはその先だった

 2名の著者がチームにいるといっても共著を作るのではない。それぞれが小説を書き、編集者とデザイナーは2作品を担当するのだ。開始して1時間ほどで森田さんがプロットを仕上げる。「変わった」法律にまつわる物語と、「変わった」女性の物語の2つ。前者は既存の枠にはまらない物語、後者は詩人の彼女らしい内容だった。時間的な制約があるなかで現実的に検討した結果、後者で進めることを決めた。

 次いで楢川さんのプロットがあがってきた。ある女性が、「変わり者」の叔父の過去を探る話。アンティークとヨーロッパという、楢川さんの専門知識をふんだんに使った内容だ。過去の作品を読むと、美しい描写で仕上がることが予想できた。しかし海外文学などを読み慣れている読者しか、物語のハイライトを理解しづらいかもしれない、という懸念が持ち上がる。「視点を変えてみては」「さらに物語を発展させてみては」などと話し合った結果、全く違う私小説に切り替えることになった。

 このとき、すでに20時。どちらもおおまかな設定のみで、最終イメージはまだ見えない。ストーリーを詰める時間もない。この段階で細部にこだわるよりも、書きたいように進めてもらうほうがいいと判断し、著者に託すことにする。

 初稿が書き上がる時間によって、残りの工程のペースが変わる。できれば初稿を初日に見たいけれど、そううまくは進まない。そして支給された制作機器にトラブルがあったデザイナー・中條さん。彼女が作業に取りかかれたのは、なんと22時。残り時間、あと17時間。

最初のプロットを変更し、新しいプロットを書く楢川さん

自分との闘い ほぼ徹夜で進む夜の制作

 著者・森田さんは、NJ参加2回目。初日の夜、「時間が足りなかった」と笑いながら話す彼女は、詩人として活動している。人との距離感や心の機微を絶妙に捉える作品が多い。「プロットから書きはじめるまでの時間配分が難しい。冷静に考える時間がほしいと感じた」

 合宿形式で制作を進めるチームもいるなかで、私のチームはそれぞれが帰宅し、朝までの制作はLINEで進めた。日付が変わるころ、中條さんからデザインラフが届いた。夜中2時、森田さんから初稿が送られてきた。キャラクター設定と行動にブレがあると感じたので、再考を重ねてもらう。4時、楢川さんが初稿を書きあげる。彼女はいったん就寝。物語のハイライトの調整をしてもらうようメッセージを送り、6時に私は眠りについた。

表紙デザインを作ったあと、中條さんはチーム宣伝用チラシも作成した

果たして間に合うのか?最終日スタート

 最終日・2日目の10時、楢川さんはすっきりとした表情で会場に現れた。この時点ですでに彼女は、私が早朝に送ったほぼ真っ赤の戻しを踏まえ、物語を発展させていた。しかし、さらにここから締切の15時直前まで修正に修正を重ねることになる。「二日間、ひたすら作品のことしか考えていませんでした。ここまで集中して書くことだけを考えた時間は貴重です。小説を書く上での課題がはっきりしたなと思いますね」と後日、楢川さんは語った。

 一方、森田さんは主人公の設定で悩んでいた。大幅な変更をするか否か、13時まで話し合った。

 締め切りの10分前、14時50分。中條さんがデザインの最終調整を終える。「とにかく達成感が心底嬉しかったです。締切に提出したものが自分の実力と思うと、諦められなかったです。あとは眠気のなかで集中力を保つのが辛かった」と中條さん。終わったときは解放感というより、脱力。

 こうして、楢川えりか著『死がふたりを分かつまで』と森田玲花著『許して、ダーリン』ができあがった。

電子書籍の最終チェックをする森田さん(右)

文字通り燃え尽きたアワード発表

 約1カ月半ののち、12月19日アワード発表を迎えた。アワードの審査には、ゲームデザイナーの米光一成さんや東京創元社編集者の小浜徹也さんらが審査員として名を連ねる。審査では制作後の販促活動も採点対象となる。そのため、続編の発表、SNSでの広報、クロスメディアでのゲーム開発など、縦にも横にも作品を広げつづけた参加者たち。11月23日に行われた「文学フリマ」ではNJ専用ブースが設けられ、売上は予想以上だったという。「noteを読んだよ」などと戦友たちとの再会を楽しんでいるチームがいる一方、全員不参加のチームもおり、審査員も全員揃っておらず、いささか寂しいアワード発表となった。

 最優秀作品賞を受賞したのは、紀野(きの)しずく著『ふれる』。授かった命を何度も失ったことから、流産の恐怖と出産願望の間に揺れる女性と夫の心情を綴った作品だった。そのほか、審査員賞やチーム賞などが発表された。私のチームは、NJ当日にファーストインプレッション賞(NJ参加者による投票)を受賞したが、アワードの受賞にはいたらなかった。

アワードでは、小説家の小浜徹也氏(左)と内藤みか氏(中央)のトークも

個人活動を一歩広げるための新しい発表の場

 著者にとってNJは、プロの編集者やデザイナーと一冊を作り上げる経験の場である。初めて作品を他人にチェックしてもらったという参加者は、「これまで自分の中だけで作品を完結させていました。でも、編集者に読んでもらうことで、わかりにくい描写が多いこと、設定の詰めの甘さなどがわかりました」と客観的な視点を得ることの大切さを学んだという。「一番驚いたのは、段落をごっそり削除されたり、入れ替えられたりしたこと。最初は『なんてことしてくれるんだ!』と思いましたが、あとから読み返すと、物語の起伏ができていました」

 今、文芸作品を発表する場はどんどん増えている。同人誌だけではなくSNSや小説投稿サイトなど、Webを中心に成熟してきている。それはすなわち、個人で簡単に作品を発表できるということだ。NJでは、個人ではなくチームで作品を制作する。一人で完結するのではなく、編集やデザインのプロの目を通して作品をブラッシュアップすることができる。作品を容易に世に発表できる時代だからこそ、このような機会が貴重であり、意味を持つのだろう。小説を書いている人で、新たな視点や刺激を欲しているのならば、NJで実力を問うてみてはどうだろうか。