『源氏物語』「夕顔」の巻から小野不由美の『営繕かるかや怪異譚』まで、“怪しい家”にまつわる物語はいつの世も私たちの興味を惹きつけてきた。本来安らぎの空間であるはずの家がなぜ、恐怖とも相性がいいのかという問題については立ち入らないが、幽霊屋敷がホラーにおける“花形”であることは紛れもない事実だろう。今月の怪奇幻想時評ではそんな家にまつわるホラーを4作紹介したい。
岩城裕明『事故物件7日間監視リポート』(角川ホラー文庫)は、最近なにかと話題の事故物件を扱ったホラー小説だ。
リサーチ会社を経営する主人公・穂柄は、高校時代の友人の依頼を受け、あるマンションの909号室を調査することになる。その部屋はいわゆる「心理的瑕疵あり物件」で、7年前に妊娠中の主婦が割腹自殺するという陰惨な事件が起きていた。事件後、近隣住人は次々と退出し、現在9階はまるまる無人だという。
幽霊屋敷への泊まり込み調査という古典的なストーリーに、どう新味を出すかが作者の腕の見せ所だろう。異形のゴミ屋敷ホラー『牛家』などで知られる岩城裕明は、“じらし”と“ずらし”のテクニックを駆使することで、短いながらもピリッと刺激的な事故物件ホラーを作りあげている。
実際に909号室で寝泊まりする学生バイトの優馬と、その姿を管理人室から定点カメラで眺める穂柄。ふたりのゆるい掛け合いと、何度かくり返される勘違いの狭間に、正真正銘の怪異が入りこむ。そのタイミングが絶妙なのだ。呪われた部屋が人間に及ぼす影響もユニーク。こういう創意工夫に富んだホラーを読むと、嬉しくなってしまう。ちなみにマンション暮らしの人、とりわけ部屋に押入れがある人は、夜に本書の扉ページをまじまじと眺めない方がいいだろう。
幽霊屋敷といえば人里離れた廃墟や曰くありげな西洋館というイメージがあるが、澤村伊智『ししりばの家』(角川ホラー文庫)で描かれるのは、ごくありふれた二階建ての一軒家だ。
夫の転勤にともない、関西から東京に引っ越してきた笹倉果歩。慣れない町で孤独な日々を送っていた彼女は、幼なじみの平岩敏明と偶然再会し、平岩邸に遊びにゆく。しかしその家は明らかに様子がおかしい。家中いたるところに砂が積もっているにもかかわらず、敏明も妻も気にしていないのだ。
ホラー界の俊英が『ぼぎわんが、来る』『ずうのめ人形』に続いて刊行した第3長編の文庫化。じゃりじゃりした肌触りが伝わるような執拗な砂の描写と、異常なことを異常と感じない人々の言動がとにかく怖ろしい。よその家族が住んでいる、ただそれだけのことで家は閉ざされた異界になり得るのだ。幽霊屋敷小説の先達・三津田信三による巻末解説も必読である。
歌野晶午『間宵の母』(双葉社)はミステリとホラー、ふたつのジャンルを何度も行き来する油断のならない作品だ。
小学校の同級生で、親友同士だった間宵紗江子と西崎詩穂。ある日、紗江子の父親と詩穂の母親が駆け落ちしたことで、ふたつの家庭は崩壊してしまう。夫を奪われた紗江子の母・己代子は心のバランスを崩し、巨大な玉のようなものに向かって念仏を唱えたり、その周囲をぐるぐる歩きまわったりするようになる。
物語は数十年にわたる間宵家の悲劇を、詩穂、紗江子の大学の同級生、職場の同僚と視点を変えながら描いてゆく。彼ら彼女らが遭遇する不可解な事件は、超常現象か、はたまた人間による犯罪なのか。周囲に高い塀を巡らし、ポスターやお札をびっしり貼りつけた間宵家の不気味な佇まいは、エキセントリックな“間宵の母”己代子のキャラクターとともに、一読忘れがたい印象を残す。
種村季弘編『新装版日本怪談集 奇妙な場所』(河出文庫)は、長らく入手困難だったアンソロジーの新装版。
禍々しい古家を達意の筆致で描いた日影丈吉「ひこばえ」、文豪が自らの恐怖体験を記した佐藤春夫「化物屋敷」、閉ざされた家で奇怪な兄妹が夫婦のように暮らす吉行淳之介「出口」……。幽霊屋敷ものの名品を数多く収める本書を通読するなら、わが国のホラーにとって家がいかに重要なモチーフであるか、あらためて理解できるだろう。上記のほか、内田百閒、森鴎外、都筑道夫、半村良らのマスターピースを収録。国産ホラー入門には絶好の一冊なので、お読みでない方はぜひこの機会に。