ホラーだからこそ描き出せる家族の形

新人SF作家の登竜門として知られるハヤカワSFコンテスト。その12回大賞受賞作として刊行された犬怪寅日子『羊式型人間模擬機』(早川書房)は、人間と動物、そしてどうやら人間ではない語り手のユーが織りなす、奇妙な物語だ。
ユーの仕えている一族では、男性が死の間際「御羊」に変身する。当代の大旦那様が羊に変わり、家族はいそいそと儀式の準備を始めるのだが……。という冒頭から面食らってしまうが、物語はあくまでのびやかに、大きな行事を前にした時特有の、あの忙しなさと心が浮き立つような感じを巧みにとらえつつ、一族の人々を描き出していく。
あらかじめ言っておくと、なぜ大旦那様が羊に変わるのか、なぜその肉が一族に供されるのかといった謎は、最後まで明かされない。物語の大半を占めるのは、ユーの視点を通して描かれる、一族の風変わりなエピソードの数々だ。同じく大家族ものであるガルシア・マルケスの『百年の孤独』を、より軽やかに幻想的にした感じといったら作風が伝わるだろうか。ヌマワニをはじめとするさまざまな動物が暮らす邸宅の光景、古風でも軽やかな文体、独特のリズム感を持つ台詞まわしも魅力的で、このジェンダー的にも身体的にも多様な家族のエピソードをずっと読んでいたいという気にさせられた。
『Wi-Fi幽霊 乙一・山白朝子ホラー傑作選』(千街晶之編、角川ホラー文庫)は、来年デビュー30周年を迎える人気作家・乙一の、ホラー系の名作を並べたベストコレクションだ。怪談作家・山白朝子の名義で発表された作品も収録されており、本書のために書き下ろされた表題作とあわせて、乙一ホラーの全体像に触れられる一冊となっている。
あらためて読み返してみると、乙一作品には家族の物語が多い。「SEVEN ROOMS」は猟奇犯罪者に監禁された姉弟が脱出を試みる話だし、「鳥とファフロッキーズ現象について」では空から必要なものを落としてくれる鳥を通して、娘が死んだ父親の存在を感じる。この2編は家族の深い愛情を感じさせるものだが、暴力的な父親が幼い姉妹を虐げる「階段」のような救いのないホラーもある。いずれにせよ乙一=山白朝子の作品では、家族は胸をえぐるようなドラマを生み出すものとして描かれているのだ。
中でも「子どもを沈める」の母子の関係にははっとさせられる。主人公がこれから生もうとしている赤ん坊。それは彼女が高校時代にいじめ、自殺に追いやってしまった少女の生まれ変わりなのだ。恐怖、後悔、そしてわが子への思い。さまざまな感情が入り乱れ、主人公はある決意にいたる。これはホラーでなければ書けない、家族の形だろう。
ちなみに書き下ろしの「Wi-Fi幽霊」はキャンプ場で謎の電波を拾ってしまった主人公が、恐怖と怪異に見舞われるという作品で、モキュメンタリー風の筆致が新鮮。
3人目は令和デビューの新鋭を。木古おうみ『偽葬家の一族』(角川文庫)は、異形の神々に対処する公務員の活躍を描いた『領怪神犯』で注目を集めた作家の新作。怪しげな日雇いバイトに参加し、山中で生き埋めにされかけた恭二は、彼を「弟」と呼ぶ見知らぬ男女に救われる。戸惑う恭二を載せた霊柩車は、一軒の屋敷の前へ。そこには他人同士なのに家族のふりをしている、喪服姿の集団がいた。
かれらの職業は「偽葬屋」。理解不能で正体不明の怪異にもっともらしい物語を与え、偽りの葬式を執り行うことで、それを祓うという者たちだ。長男役の柊一に誘われて、恭二もしぶしぶ家族の一員となり、日本各地に出向くことになる。
偽の家族による、偽の葬儀。そこで語られる思い出もすべて嘘なのだが、なぜだか感動めいたものを覚えてしまう。葬儀とはそもそも遺された人間が、何かを納得するために行う儀式だからだろう。だとするなら偽葬によって祓われる恐ろしい怪異の数々は、死の比喩としても読めるかもしれない。
物語は連作形式で、最終話では恭二と彼の家族にまつわる意外な真相が明かされる。柊一と恭二、血の繋がらない兄弟のバディものとしても楽しい、斬新な設定のエンタメホラーだ。