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くぼまちこさんの絵本「はみがきれっしゃ しゅっぱつしんこう!」 イヤイヤ期の子も思わず笑顔に

文:澤田聡子 写真:家老芳美

歯磨きに悩む親子の支持を受け大ヒット

——絵本作家、くぼまちこさんのデビュー作『はみがきれっしゃ しゅっぱつしんこう!』。2015年の出版直後から大きな反響を呼び、4年で25刷を重ねるヒット作となった。主人公は歯磨き嫌いの男の子、たっくん。ごはんを食べた後も「ぼく はみがき だいきらい」とそっぽを向いてツーン。そんなとき、「しゅっ しゅっ しゅっ」と、不思議な歯ブラシ「はみがきれっしゃ」が現れて——。愉快な助っ人の登場に、たっくんも思わずにっこりしてお口をあーん! ちょっと憂鬱な歯磨きの時間を楽しくしてくれる絵本だ。

 ちょうど、私の甥が絵本の「たっくん」と同じ、2歳半くらいのころ。実家で姉の一家も交えて食事しているときにグズってごはんを食べなくなってしまったことがあったんですね。それを見ていた甥のお父さんがスプーンを「新幹線だよ〜!」と言いながら、口元にビューン!と持っていったら、急に笑顔になって食べ出したんです。ちょっとした大人の機転と言葉によって、子どもの気持ちってこんなに切り替わるんだ!という発見があって。『はみがきれっしゃ しゅっぱつしんこう!』を作るヒントの一つとなりました。

『はみがきれっしゃ しゅっぱつしんこう!』(アリス館)より

 私自身、すごく歯磨きが嫌いな子どもだったんですよね。しなくちゃいけないことなのに、「嫌だなあ」と毎日のように思っていました。私が子どものころとは歯磨きに対する意識も変わり、「歯磨き、嫌いじゃないよ」っていう子も多いと思うんですが、取材すると「イヤイヤ期」の歯磨きはとにかく大変!という声もよく聞きました。「苦手なことが、ちょっとでも楽しくなればいいな」という思いが、物語のベースにありますね。

 「“むしばきん”みたいな悪役が出てこないのがいいですね」と言われることがあるんですが、子どもを怖がらせるようなストーリーは最初からまったく考えていなかったんです。子どもにとって歯磨きは「口を開けること」が、一番のハードルだと思うんですよね。大好きな乗り物が「しゅっ しゅっ しゅっ」と近づいてきたら、うれしくなってお口を開けて……そうしたら、もう最後まで「はみがきれっしゃ」と一緒に気持ちよく磨けるはず。「楽しく歯磨きする」というテーマに絞っていたので、ことさら「むしばきん」の要素を付け加える必要がなかったのかもしれません。

紙粘土で作った「はみがきれっしゃ」の模型。「目の前で『おくちに いれてよ』って言われたら怖くないかな?」など、たっくんの視点でシミュレーションしたそう

子どもの歯の特徴をつかむため歯科医にリサーチ

——注目したいのは、たっくんが口を大きく開けたときに見える「歯」。小さな白い前歯や、ところどころすき間が見える歯並びなど、リアルな子どもの歯の表現は、徹底的な取材のたまものだ。

 最初は普通に歯間が詰まった大人のような歯を描いていたんですけど、お子さんがいる方に協力してもらって本物の子どもの歯を見せてもらったり、歯医者さんに取材したりするうち、どんどん歯の描き方も変わっていきました。

 ピンク色の歯肉の中に小さくて白い歯がちょこちょこ並んでいる子どもの歯を見て「あー、歯までかわいいんだな」と思いました。「乳歯より大きい永久歯が後から生えてくるのですき間がある」ことや、「下手前の奥歯は外側にやや膨らみがある」ことなど、取材したことを次々と絵に反映していきました。歯の形状をあまり正確に描きすぎると怖くなってしまうので、絵としてのかわいらしさとリアルさのバランスを取るのが難しかったですね。

 歯ブラシも白、歯も白なので口の中を何色で塗るかということも、かなり悩みました。最終的には淡いピンクにした歯肉の色も、最初は黒で塗っていたりして、決まるまではとにかく「ああでもない、こうでもない」の繰り返し。歯磨きする前の歯の汚れを淡い黄色で描いているんですが、一度歯科衛生士さんに見てもらったら、「黄色が濃すぎると初期の虫歯に見えるよ」と言われたことも。絵を見てもらったりアドバイスをいただいたりして、取材に協力してくださった歯医者さん、歯科衛生士さんには感謝しかありません。

取材を基に紙粘土で作ってみた実物大の子どもの歯型。「歯に挟まった食べ残し」まで再現するこだわりよう

悩みながらも手探りで自分のタッチを作りあげる

——絵本のワークショップに通いながら作りあげた「初めての絵本」が本作。絵本作家としての個性や表現方法を確立するため、試行錯誤を重ねた。

 「はみがきれっしゃ」という題材は変わっていないんですが、最初のころは絵柄もストーリーも今とはまったく違っていました。一番最初に作ったバージョンでは、たっくんとはみがきれっしゃのやり取りが中心で、歯を磨くのは最後の1ページだけ(笑)。何しろ絵本を作るのが初めてだったので、すべてが手探りだったんですよね。毎月1回、ワークショップに通いながら、作っては直し、できたものをまた直して……1年半ほどかけて今の形になりました。

 ワークショップには、子育て中のお母さんや保育士さんなどいろいろな方が参加されていたんですが、「たっくんはイヤイヤ期だと思うんだけど、2歳半にはあまり見えないね」など読者に近い目線で率直な意見をいただいて、「そうなんだな」と気付く場面も多かったです。迷走しそうになった時期もあったんですが、そういうときはいつも編集者さんが「絵本はテキストではなくて“絵”が語ってくれるんだよ」「一番、届けたいのは子どもだよね」など、客観的なアドバイスをくれ、絵本作りの原点に立ち返らせてくれました。

初期の「たっくん」。30冊ほどダミーの絵本を試作した結果、初期とはストーリーもタッチもまったく異なるものとなった

——2017年に出版した2作目、『パジャマで ぽん!』(アリス館)は、子どもの「おきがえ」がテーマ。初めてひとりでパジャマの着替えに挑戦する「みーちゃん」とそれを手助けする「ねずみくん」の悪戦苦闘をユーモラスに描く。

 子どもの視点であらためて着替えについて考えてみると、「洋服の穴の中に体を通していく」ことってなかなか難しい。まず最初の難関は服の襟ぐりから頭を出すことですよね。今回は「ねずみくん」に相棒として登場してもらいました。同級生のお子さんがこの絵本を読んで「おうちでも、ぽん!って言いながらお着替えしてるよ」と教えてくれたんですけど、そういう声が一番うれしいですね。暮らしのそばに絵本を置いてくれていること、そのものが。

 『はみがきれっしゃ しゅっぱつしんこう!』で心に残っているのが「歯磨きするよ、と子どもに声をかけると、この絵本を私の元に持ってくるんです」という親御さんの声。「ああ、小さな子にも、私が伝えたいことがちゃんと届いているんだ」と感じられてうれしかったですね。幼児教材を開発していたころからそうなんですが、絵本でも、歯磨きや着替えのような何気ない日常からアイデアが浮かんでくることが多いんです。「身近な暮らしの中にある面白さ」をこれからも絵本のテーマにしていきたいと思っています。