私は小説が大好きな子供だった。中学から高校のころは、授業中、教師に隠れて貪るように文庫本を読んでいた。あまり褒められた行為ではないが、そうやって大量の本を読み漁った経験があったからこそ、現在、小説家として次々に新作を刊行できているのだと思う。
私がそこまで小説にのめり込んでいくきっかけは、小学生低学年のときにあった。私の実家には世界の名作小説を集めた全集が置かれていた。その中に収められていた『老人と海』『車輪の下』『ライ麦畑でつかまえて』等に、幼かった私はまったく興味を惹かれなかったが、一作だけ例外があった。モーリス・ルブランが1909年に刊行した『奇巌城』だ。アルセーヌ・ルパンを主人公としたシリーズの中でも特に有名なその一作を、ある日私はふと思い立って読んでみた。理由は単純で、アニメの「ルパン三世」で「ルパン」という名前を知っていたので、興味が惹かれたのだ。
軽い気持ちで物語を読みはじめた私は、すぐにそのあまりにも刺激的な物語の世界に取り込まれ、探偵エルロック・ショルメやガニマール警部とルパンの対決に魅了されていった。そして、一心不乱に『奇巌城』を読み終えた私は興奮と充実感に包まれながらこう思った。「世の中に、こんなに楽しいことがあったなんて……」と。
私はすぐに小遣いをはたいて、ルパンシリーズを片っ端から買って読んだ。それが終わると、今度はアガサ・クリスティやエラリー・クイーンなど海外の有名なミステリーを中心に読書の海を漂い続けた。
そしてついに「彼」に出会った。世界で最も有名な探偵、シャーロック・ホームズである。『緋色の研究』で彼の虜になった私は、すぐに全シリーズを手に入れたのだが、特に『バスカヴィル家の犬』を読んだ時の興奮は、いまも昨日のことのように思い出すことができる。夜、ベッドの中でスタンドライトの明かりを頼りに、自分もホームズとともに魔犬と対峙しているような緊張感を味わいながら、ただただ活字を追い続けた。
ストーリーもさることながら、ホームズシリーズの最大の魅力は、主人公であるシャーロック・ホームズにこそあると、私は常々思っている。一風変わった名探偵が不可思議な謎を鮮やかに解いていく。そこに、読者は惹かれるのではないだろうか。
ちなみに私の看板シリーズである『天久鷹央の推理カルテ』の主人公、天久鷹央のモデルも、実はシャーロック・ホームズである。医学をテーマに超常現象としか思えないような不可思議な謎を作り出し、それを風変わりで魅力的な探偵役に解かせようと思って創り出したシリーズだ。ホームズシリーズのように多くの人に愛される作品へとさらに成長できるよう、作者としてこれからも頑張っていきたいと思っている。