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「ドラえもん論」 のび太は悩みつつ 人の幸せ願う 朝日新聞書評から

評者: 温又柔 / 朝⽇新聞掲載:2020年05月30日
ドラえもん論 ラジカルな「弱さ」の思想 (ele‐king books) 著者:杉田 俊介 出版社:Pヴァイン ジャンル:マンガ評論・読み物

ISBN: 9784909483508
発売⽇:
サイズ: 19cm/279p

ドラえもん論 ラジカルな「弱さ」の思想 [著]杉田俊介

 竹トンボを頭につければ、空を自由に飛べる。ドアを開けたら、どこでも行きたい場所につながる。机の引き出しを開くと、時間旅行可能なマシンが待機している……「科学と空想が混じり合うような、少しフシギなこの日常」を描く『ドラえもん』は、藤子・F・不二雄の代表作であり、日本のみならず世界で最も愛されている漫画の一つだ。
 本書は、『ドラえもん』のコミックス全45巻と、長編アニメーション映画の原作にあたる「大長編」(全17冊)、「映画ドラえもん」(2019年までの39作品)と徹底的にむきあう。
 いじめっこたちに仕返ししたい。好きなあの子に振り向いて欲しい。宿題が終わらない……そんなのび太のために、ドラえもんは未来の道具を貸してくれる。のび太はしかし道具をうまく扱えず、失敗ばかり。
 『ドラえもん』の世界を包む「独特のオカシサ、滑稽味、ほのぼのとしたユーモア」は、「『未来の科学技術の魔法や夢のような素晴らしさ』と『それらの道具を使いこなせずに失敗する人間の愚かさ、限界』のギャップ」から生まれるのだと本書は分析する。だからこそ主役は、「力のあるジャイアンでも、親が金持ちのスネ夫でも、すべてにおいて万能な出木杉でもなく、弱虫でなまけ者」なのび太でなくてはならない。のび太は常に「自己肯定(ありのままの自分でいいんだ)と自己嫌悪(このままじゃダメなんだ)の葛藤の中で」揺れている。弱いながらものび太は「根源的な無力さの中でなお、それでも、よりよくあろうとし続け」る少年なのだ。
 その姿には、「科学と技術に明るい希望を託しつつ、それを同時につねに疑おうとし、しかし懐疑的でありつつも、人類の未来に魔法と空想のような夢を託していく、という行きつ戻りつの道」を歩んだ『ドラえもん』の作者が重なると本書は読み解く。そして「科学/技術による人類の進歩をラジカルに反省しつつも」、子どもたち――人類――の未来を「ぎりぎりの形で祝福しようとし続けた」ことこそが「藤子・F先生がすごい」ところなのだ、と。
 大好きだった漫画とアニメの生みの親から自分が受けた薫陶とは何だったのか解き明かされる興奮とともに、「『ドラえもん』がわたしたちの世界にあってくれてよかった。のび太がいてくれてよかった」と思わせてくれる一冊。今また、「人のしあわせを願い、人の不幸を悲しむことのできる」のび太のように、自分でもなく自分たちのものでもない存在のために涙を流せる「まっとうさ」こそが「いちばん人間にとってだいじなこと」なのだと嚙みしめる。
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 すぎた・しゅんすけ 1975年生まれ。批評家。文学、アニメ、マンガなどを批評対象に活動する。著書に『宮崎駿論』『ジョジョ論』『長渕剛論』『戦争と虚構』『無能力批評』『非モテの品格』など。