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皆川博子の異色サスペンス「巫女の棲む家」復刊 終戦直後、心霊世界に惹かれる者たち

文:朝宮運河

 卒寿を過ぎてなお旺盛な執筆活動を続け、多くの同業者にリスペクトされる小説の女王・皆川博子。5月に刊行が始まった日下三蔵編〈皆川博子長篇推理コレクション〉全4巻(柏書房)は、彼女が1980年代に執筆した長篇ミステリを中心に据えたファン垂涎のコレクションだ。
 著者はこの時期の作品をあまり気に入っていないそうだが、刊行済みの2冊を読むかぎり、決してクオリティ的に劣るものではない。独自の美学に貫かれた文体は当時から揺るぎがないし、時代の要請に従ったと思われる部分(トラベルミステリ的な展開など)も、ファンにはむしろ愛らしく思える。埋もれた作品を次々と掘り起こし、私たちのもとに届けてくれる編者・日下三蔵の執念には、あらためて敬意を表したい。

 今回のコレクションで怪奇幻想サイドから注目したいのは、『皆川博子長篇推理コレクション2 巫女の棲む家 妖かし蔵殺人事件』に収録されている「巫女の棲む家」だろう。心霊の世界に惹かれた人々の姿を、偽霊媒などの目を通して描いた異色サスペンスである。著者の体験が色濃く反映しているというこの小説に本コレクションで初めて触れ、「こんなに怖い作品が隠れていたのか」と驚愕した。

 終戦直後の東京、霊界や神の存在を信じる医学博士・日馬秀治は、霊媒を招いては交霊実験をくり返していた。中国大陸からの引揚者である倉田佐市郎は、霊媒を装って日馬家に接近、すぐに信頼を寄せられるようになる。上海でインチキ交霊会の助手をしていた倉田にとって、信心深い日馬と取り巻きを騙すことなど造作もないのだ。
 一方、そんな家風を嫌っている日馬の娘・黎子は、小野という体の不自由な青年が店番をする古書店に逃避先を見出す。やがて日馬を中心とする信者グループは宗教団体の形を整えながら、勢力を拡大してゆく。霊的世界を厭っていたはずの黎子も、いつしか教団にとって欠くことのできない巫女となっていた。日馬家や教団内で巻き起こるトラブルを静観しながら、倉田は日馬の破滅をじっと待ち続ける……。

 あらすじだけ紹介すると、戦後の殺伐とした世相を背景としたピカレスク小説のようだが、実際に読んだ印象はかなり異なる。
 戦争末期の中国大陸で地獄のような光景を目にしてきた倉田は、戦後社会に身の置きどころを見つけられない異分子だ。倉田とともに語り手を務める黎子と小野にしても、戦争の狂気によって消えることのない心の傷を負っている。いわば戦時中で時間が停止してしまった三人の独白が織りなす物語は、表面的な事件の推移とは無関係に、ひどく不穏な気配を漂わせる。超常現象は一切描かれないにもかかわらず、生者と死者が惹かれ合い、彼岸と此岸が接近する本作の手ざわりは、怪談に近いものだ。

 あとがきによると、少女時代の著者は黎子同様、巫女として交霊会への参加を強制させられていたという。といって黎子と著者をイコールで結ぶことはできないが、力強い虚構性に支えられた皆川ワールドの根底には、黎子を捕らえていたような戦後社会への違和感が横たわっていたのかもしれない。三島由紀夫や中井英夫同様、皆川博子を読み解くうえでも「戦後」というキーワードは案外重要なのではないか、とこの異色作に触れて考えた。

 なお、本『長篇推理コレクション2』には、外連味たっぷりの歌舞伎ミステリ「妖かし蔵殺人事件」も合わせて収録。さらに付録として著者が読書経験を披瀝したロングインタビュー「皆川博子になるための135冊」などを収めており、資料性の高さにも特色がある。柳川貴代が手がけた瀟洒なブックデザインもあわせて、痒いところにどこまでも手が届いた一冊といえる。シリーズの完結が楽しみだ。