職業ごとのリアル伝えてくれる「日記」
――緊急事態宣言が発せられた4月7日当日にこの本を作ろうと動き出したそうですが、どういう思いからですか?
小柳学さん 緊急事態宣言を安倍首相が発した日に、何人かの知り合いの人の顔が浮かびました。「どうやってこの困難を乗り越えるんだろう。日記にして本にしたら読みたい本ができるんじゃないか」と思ったんです。そのとき従業員は在宅勤務で会議はzoomで行っていたんですが、みんなに「どう?」と確認すると、「やりましょう!」と盛り上がって、その日に動き始めました。こうした緊急の状況下で、業界によっては仕事がストップしてしまうかもしれない。エッセイなどではなく、日記がよりリアルに伝えてくれると思いました。
――「仕事本」と、仕事を柱にしたのはどうしてですか?
青柳諒子さん 小柳から企画があがってすぐに、弊社の全社員8人でどんな人の日記が読みたいか意見を上げていきました。そのときに職業名が多く上がり、「仕事」をテーマにすることに決めました。働き方が大きく変わった今の記録としてもこのテーマにしてよかったと思っています。
この本のすごいところは、なんといっても77人という膨大な執筆者数。コロナ禍に於ける人々の生活の記録として、貴重な一冊になった。
――77人と大勢の方が参加されていますが、どのように手配されたんですか?
青柳 まずは名前があがった職業名を絞りました。この状況によって働き方が変わった職業の方、逆にこの状況下でも変わらずに働かなければいけない職業の方、もともと在宅仕事など一見変化がない職業の方など、状況を軸に絞りました。それでも100近い職業があったので、依頼は全員で分担して進めました。たいへんな状況下なので断られる方が多いだろうと思っていたのですが、意外なことに大多数の方がお引き受けくださいました。記録を残す意味でも、アンソロジーという意味でも、これだけ大勢の方が参加くださったことが、この本の一番の読みどころで、ありがたいとしか言いようがないです。
――本当に色々な仕事の方々がいます。葬儀社スタッフ、馬の調教師、漫画家、小説家、占星術家、ミニスーパー店員、惣菜店店主、書店員、運送会社配達員、ライブハウス店員、保育士……。日ごろ出版社で仕事をしていたら、つながりにくい分野の方も大勢いますが?
筒井菜央さん 全く知らない方で、初めて連絡した方も大勢いらっしゃいました。知り合いの知り合いと、ツテをたどって、人生の棚おろしみたいな感じでした。
――本当は入って欲しかったけど、難しかった職業の方はいらっしゃいますか?
青柳 居酒屋で働いている方やウーバーイーツの方など、あげればキリがないのですが、お声がけしてお返事がなかったときも、状況が状況ですので深追いするのも申し訳なく、諦めた方は何人かいらっしゃいます。
職業を表す「動詞」でまとめる
その77人の日記をどう配するか? 本になるには、そこが大事なところだ。本の作り手たちの届けたい想いが込められる。77人の日記はⅠ~Ⅻの章に分けられ、それぞれの章に「売る」「運ぶ」「闘う」「率いる」「添う」といったタイトルがつけられている。
――12章それぞれのタイトル付けや、そこに、どの日記を選ぶかは、どのようにして決められたんですか?
青柳 企画当初から、章タイトルは職業を表す「動詞」にしようと考えていました。ですが構成がうまくいかず、たとえば占星術家の鏡リュウジさんを表す動詞は「占う」だとしても、鏡さん以外に当てはまる方はいらっしゃいませんし、Ⅲ章の「闘う」も純粋に職業だけを考えたら女子プロレスラーのハイパーミサヲさん以外は当てはまりません。そこでいったん白紙にして考え直しました。
小柳 時間を軸に分けようという案も上がりました。
筒井 時間を軸に分けようという案は、限られたスケジュールで最高の章立てにしなくてはと思うとせっぱつまって、お店や施設の開店時間で分けるのはどうか?と思いついたんです。そうしたら午前10時がやたら多くて、深夜3時は誰もいない(笑)。作家は何時なんだ?なんて1時間ぐらい話し合って目次をいったん作ったんですけど、5分後「本当にこれでいいのか?」ってみんなでハッと我にかえりました。
青柳 もう一度寝かせて、改めて「動詞」で組み直しました。純粋に職業を表す動詞だけではなく、日記に綴られている内容、先の見えない状況のなかで日々をどのように過ごされているか、そこに重きを置いて章タイトルを決めていきました。
筒井 たとえば「闘う」の章に登場される方々は緊急事態宣言に大きく影響を受けている方が多くて、みなさんギリギリのところにいらっしゃいます。ミュージシャンの尾崎世界観さんから始まって、ライブハウス店員の方、純喫茶店員の方、映画館副支配人の方、女子プロレスラーの方、と重ねて読み進めるうちに少しずつ希望が見えるような流れになった気がします。
何に対しても私と関係ないと思ったら終わり
その「闘う」の章のラストに、表紙の言葉「何に対しても私と関係ないって思ったら終わりじゃん?」と書いた、留学生の伊子さんが登場する。
筒井 伊子さんの日記から「何に対しても私と関係ないと思ったら終わりじゃん?」という言葉を表紙に引用しました。この言葉がこの本の軸になるんじゃないか、という直感がありました。だからこそ、この方をどこに配するかが本のバランスに関わるなということを思いました。最終的には「闘う」のトリを務めていただいています。
伊子さんの日記を一部、抜粋する。
幸いに、私の周りも、彼女と私とのように社会問題に向き合う人がいる。日本人も台湾人も中国人もいる。彼らは言う。
「一人の力は小さいけど、皆一緒に頑張ることに意味がある!」
「何に対しても私と関係ないって思ったら、終わりじゃん?」
「何も言わない方が自分のため? 私はそんな考え方が嫌で仕方がないんだ!」
いくら濁ってる環境で生きていても自分が悪くなる理由にはならないと思う。私は、もっと私みたいに、檻の中に閉じ込められて苦しんでいる若者たちに手を差し伸べたい。周りのみんなを影響して生きやすくなるようにしたいとの夢がある。
ああ、そうだ。その通りだ。読みながら頷いた。今、書き写しながらも大きく頷く。コロナ禍にあって自己責任とか自分さえ良ければという考え方では、永遠にその禍から抜け出ることはできない。富める者は貧しき者に手を差し伸べ、国や民族を超え、誰もが我が事としてコロナ以外も様々な問題を考え、手を携え、助け合わなければ克服していくことは出来ない。私たちは皆つながっている。互いに支え合っている。Stay homeとそれぞれが家にこもりながらも、皆つながっているんだ。この本を読んで感じた一番大きなことも、それだった。そして、一見全く関係ないように思える仕事も、当然ながらどこかでみんな、つながっている。
青柳 最初はそういうことは考えていませんでしたが、ゲラを読んで、そういうつながりが見えてきました。
――伊子さんだけではなく、あらゆる人の日記に示唆に富む言葉があります。寄せられた日記を読みながら、編集する立場からどんなことを思いましたか?
筒井 書き仕事の方以外はある程度は書き直しなどのやりとりが発生するのかな?と思っていました。でも実際にいただいた原稿を読むと、文章をなりわいにしてない方々がすごくリアリティのある文章を書いてこられて……期待以上でした。非常に大きな状況を生きる中で、みなさん書きたいことがあったんだと思います。原稿をいただいたときに、これはいい本ができると確信しました。
小柳 初稿ゲラを読んで胸がつまり、再校を読んでも同じで。見本ができて読んだらやっぱり心が揺れました。ふだん文章を書かれてない方の言葉がストレートに心に突き刺さりました。同じ4月7日にそれぞれ違うことを考えて過ごしている。心を立て直そうとしたり、命がけで仕事をしていることがわかって、勇気づけられました。
地味な仕事が世界を支えている
たとえば、それは、こんなだ。福岡のお惣菜屋さんの女性の日記を抜粋する。
地味なことをコツコツと毎日続けてきた「総菜屋」としての側面が、今の私たちの自信へと繋がっている気がする。
「地味なことは打たれ強い」
そんなことをしみじみ感じている。
小柳 この言葉、本当にいいですよね。大げさではなく、地味が世界を支えているんだと気付かされました。
――切実な想いがたくさん書かれていて、さまざまな状況がありますね。
青柳 保育士のYukari(仮名)さんの日記には、通常保育から一部保育になることに対して、親御さんから「(自分の仕事は)そんなに甘い仕事じゃないんです」と言われてしまったことが書かれています。心ない言葉ですが、この状況に追い詰められている人の言葉として生生しさを感じました。またYukariさんの最後の日記には、保育園にくる子どもたちの「寂しさが手に取るようにわかる。もう、どの子も限界です」と、叫ぶように思いが綴られています。それでも「あと1日、みんなで頑張ろうね」と日記を終えている。ご自身も不安を抱えているのに、この言葉が出てくることに胸がつまりました。
――子どもを育てるということで、専業主婦の方と保育士の方の日記が並んでいたのが良かったです。読んでいて、コロナ禍で子どもを巡る仕事の大変さと、仕事と仕事、人と人は支え合っているのがありありと見えます。
青柳 この日記はどこから読み始めていただいても、例えば気になる職業から読み始めていただいても、そこから見えるつながりが面白くて、どこから読むかによって響き方も変わるんじゃないかなと思っています。
小柳 ホストクラブの経営者の方に、書く時間がないんじゃないかという忙しさの中で書いていただきました。同じ飲食業でもホストクラブは緊急支援の融資対象から除外されていたり、懇意にしてきたメガバンクからも融資が受けられなかったり、業界的にも大きな困難の中で経営について考え続けられていて、「困った時に助けられるような器を持っていることが私の仕事だ」と語る。逆境のなかの必死さに胸打たれました。
緊急事態宣言下という大変な日々に日記を書くことについて、作家の温又柔さんはこう書いている。
日記を書いていると、一日いちにちをちゃんと生きている感じがする
未曽有の事態の中でも77人が生きて、そして働く姿、しかと見ることができた。