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トーベン・クールマンさん「アメリア 空飛ぶ野ネズミの世界一周」インタビュー 10周年で原点回帰 飛行機をテーマに

『アメリア 空飛ぶ野ネズミの世界一周』(ブロンズ新社)より

10周年を機に原点に立ち返る

―― シリーズ第1作となるデビュー作で飛行家リンドバーグ、2作目で宇宙飛行士アームストロング、3作目で発明王エジソン、4作目で物理学者アインシュタインと、歴史的な偉人の生き様から着想を得てネズミの冒険物語を紡いできたトーベンさん。シリーズ刊行10周年の節目に刊行された最新作では、再び飛行をテーマに取り上げました。

 子どもの頃から航空史に興味があったんですね。今回取り上げたアメリア・エアハートのことも、チャールズ・リンドバーグやライト兄弟と並んで幼少期から知っていました。

「ネズミの冒険」シリーズは、ネズミが飛行機で空を飛ぶという冒険から始まって、月面に降り立ったり、海底を目指したり、タイムマシンで時間旅行をしたりと、さまざまな冒険をしてきましたが、今回は10周年という記念すべき年なので、原点に立ち返ってもう一度、飛行機をテーマにしようと考えました。

―― 制作のためにアメリア・エアハートについて改めて調べる中で、新たに知ったこともあったそうですね。

 これまでは彼女について、女性飛行士のパイオニアであり、初めて大西洋単独横断を成し遂げた人物として認識していたんですね。彼女の世界一周の試みが失敗に終わったことや、消息を絶った原因についてさまざまな憶測があることも知っていました。

 でも今回、伝記などを読んで彼女について調べるうちに、生涯を通して女性パイロットの権利向上のために尽力した運動家だったことも知りました。彼女の偉大さを改めて感じましたね。

社会規範から逸脱して空を目指す

―― 今回のネズミは「野ネズミ」とのことですが、町に住むネズミではなく野ネズミとしたのはなぜですか。

 ドイツ語では野ネズミのことを「穴掘りネズミ」と言うんですね。地下に住み、穴を掘ることばかり考えている野ネズミにとって、空を飛ぶというのは突拍子もないこと。でも、そんな風に下ばかり見ている野ネズミの中で、たった一人だけ空を見上げて、夢を追いかけようとする野ネズミがいたっていいじゃないですか。

 物語の冒頭の見開きで柵越しの畑を描きましたが、野ネズミたちが暮らす畑はまさにそんな柵で囲われた小さな世界。そこから飛び出して広い世界へと一歩踏み出すのは、とても勇気のいることです。

野ネズミたちの暮らす畑は、高い柵で囲まれている。『アメリア 空飛ぶ野ネズミの世界一周』(ブロンズ新社)より

――『リンドバーグ 空飛ぶネズミの大冒険』では、主人公の小ネズミを邪魔するのは猫やフクロウといった他の動物たちでしたが、本作では仲間であるはずの野ネズミが主人公の野ネズミの冒険を阻止します。

 野ネズミの社会には規範があって、穴を掘ることが何より重要とされているので、掘らないネズミは歓迎されません。100年以上前に活躍したアメリアも、女性飛行士の存在が歓迎されない社会に生きていましたが、それでも彼女は生涯飛行士であり続けました。そんな彼女の生き様と野ネズミの姿を重ねて描いています。

――『リンドバーグ』の主人公だったネズミのパイロットも登場します。

 本作はシリーズ10周年記念という意味合いも大きいので、1作目のネズミにも再登場してもらいました。1作目に出てきた航空ショーのポスターや新聞記事なども出てくるので、ぜひ見比べてみてください。

さまざまなアングルで何パターンも描く

―― 100ページ超の長編絵本ですが、制作はいつもどのように進めるのですか。

 いつも何かひとつアイデアがパッと浮かんで、そこから制作がスタートします。今回は、穴を掘る野ネズミたちと、空を飛びたい野ネズミの対立を最初にひらめきました。野ネズミが暮らすのは、柵の中の閉ざされた世界。町からやってくるハンフリーというネズミだけが、外の世界との唯一のつながりです。野ネズミはある日、ハンフリーが持ってきたものの中に、見たこともないような大きなネコの絵を見つけます。この大きな猫が、まだ見ぬ外の世界へのヒントになっていくんですね。

主人公は発明家の野ネズミ。手前にいるネズミは、人間の世界から発明に役立つものを持ってきてくれる相棒のハンフリー。『アメリア 空飛ぶ野ネズミの世界一周』(ブロンズ新社)より

 そんなアイデアから始まって、次にこの絵だけは絶対に使おうというスケッチを何点か描き、そこから絵コンテを作っていきます。絵コンテになって初めて出版社に見せて、本にするかどうか検討して、OKが出たらより本格的な制作に取りかかる、という流れです。

―― とても長い工程かと思いますが、一番ワクワクするのはどのタイミングですか。

 絵とテキストの両方がうまく作用して、いい具合に物語を伝えられたときですね。

 本作だと、アライグマが登場するまでの展開はうまくいったなと感じています。舞台は人気のない鉄屑工場。ハンフリーが危ない場所と言っていたところです。最初に見開きで、鉄屑工場の外観と足を踏み入れようとする野ネズミの姿を描き、次に絵とテキストで中の様子を描きます。読者はいったい何が起こるんだろうと、ドキドキしながら待ち受けている状態です。そうやって読者の緊張感がぐっと高まったところで、ページをめくると大きなアライグマが突然現れて驚く、という展開になっています。

人間にとってはかわいいアライグマも、野ネズミにとっては恐ろしい存在だ。『アメリア 空飛ぶ野ネズミの世界一周』(ブロンズ新社)より

 アライグマの登場シーンについては、どう描けば臨場感が出るか、視点を変えた絵を何パターンも描いて検証しました。真横から、上から、少し下から煽るようなアングルでも描きましたし、野ネズミを背中側から描いたり、アライグマを影で表現したりもしました。さまざまなパターンを試した結果、最終的にアライグマが野ネズミの背後から迫る絵に決めました。

 僕は自分のことを作家や画家である前にストーリーテラーだと思っているので、そんな風に読者をドキドキさせるような効果的なストーリーテリングができると、ものすごくワクワクしますね。

絵本に映画的手法を持ち込む

―― ご自分でも気に入っているシーンは?

 いくつかありますが、中盤、野ネズミが初めて空を飛ぶシーンはとくに気に入っていますね。空から俯瞰で見下ろすと、自分はこんなにも狭い世界にいたのかということがわかって、世界が一気に大きく広がります。そんな風に世界が広がる瞬間を読者も一緒に味わうことのできるシーンだと思います。

いつもはつぶらな瞳で描かれている野ネズミだが、このシーンでは喜びのあまり目を細め、ガッツポーズをしている。『アメリア 空飛ぶ野ネズミの世界一周』(ブロンズ新社)より

―― 大変だったシーンはありますか。

 ライオンと遭遇する場面には苦労しましたね。ライオンを描くこと自体は大変ではないのですが、野ネズミとライオンの出会いをどのようにストーリーに組み込むべきかというところで悩んでしまったんです。

 野ネズミとライオンを出会わせたいけれど、そのためには必ず理由が必要です。野ネズミが草の中から覗いていたり、飛行機でライオンの上を飛んでいったりする絵も描いてみたのですが、それだと必然性がない。さんざん悩んで、最終的に長時間の飛行で喉が渇いたネズミが地上に降りて、ライオンが昼寝をしていた水辺で水を飲むという展開を思いつきました。自然な出会いを演出できてよかったです。

野ネズミはアフリカの地に降り立ち、世界一周を夢見るきっかけとなったライオンと遭遇する。『アメリア 空飛ぶ野ネズミの世界一周』(ブロンズ新社)より

―― 飛行機や航空史、映画、冒険小説など、子どもの頃から好きだったさまざまなものがこの「ネズミの冒険」シリーズの制作に影響していると思いますが、一番影響を与えているのは何でしょうか。

 映画をたくさん見てきたことは、間違いなく影響していると言えますね。とくに影響を受けたのは、11歳のときに見た映画「ジュラシック・パーク」。映画では、エスタブリッシング・ショットと呼ばれる、シーンの冒頭で場面全体を見せて状況や位置関係をわからせるようなショットを置くことがあるんですが、それはスピルバーグの映画でもよく使われているんですね。そのショットの中には、その後の展開の伏線となるようなものも映されていて、あとでそれが参照される形で再登場することが多いのですが、その手法は僕も「ネズミの冒険」シリーズの中で使っています。

―― 映画を丸々1本見たような読み応えを感じるのは、映画的な表現を多用しているからなんですね。

 物語の雰囲気を作ったり、場面を効果的に盛り上げていったりするために、映画の手法を持ち込んで絵本を描いています。映画だと大勢で作り上げていきますが、絵本の場合は全部自分でできる。作品を作り上げるのは大変ですが、その分やりがいを感じています。

『アメリア』制作中のトーベン・クールマンさん(ブロンズ新社提供)

――「ネズミの冒険」シリーズは、名もなきネズミが苦難を乗り越えて偉業を成し遂げる冒険物語です。夢があっても無理だとあきらめてしまったり、できない理由を探してしまったりする人も多いと思いますが、そんな人たちにこの本を通じて伝えたいメッセージはありますか。

 どんなに高い障壁があっても、周りの人にいくら背を向けられても、ネズミたちのように賢く、粘り強く挑戦し続ければ、いつか道は開けるはずです。めげずに夢に向かって進んでほしいですね。

―― 今後、続編のご予定は?

 6作目も作るつもりです。アイデアはたくさんあるのですが、どのアイデアもまだ熟していない感じなので、これから吟味していきたいです。楽しみに待っていてください。

【好書好日の記事から】
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