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伊兼源太郎さん「事件持ち」インタビュー 特ダネとは・報道とは、理想追って

伊兼源太郎さん=興野優平撮影

 作家デビューする前の新聞記者時代は、事件取材に明け暮れたという。伊兼(いがね)源太郎さんの『事件持ち』(KADOKAWA)は、被害者遺族や当局との関係など、事件報道をめぐる今日的なテーマに正面から向き合ったミステリーだ。

 入社2年目の記者、永尾哲平は、受け持ちの警察署管内で起きた連続殺人事件を取材中、被害者2人に共通する知人に話を聞いた。知人に接触できなかった県警は、永尾の上司を呼び出し、特ダネと引き換えにその取材メモを見せるよう秘密裏に交渉する。

 「記者だったころは忙しすぎて、理想を考えている暇はなかった」と伊兼さん。他社に半日先駆けて打つ特ダネや、遺族取材の意味もよくわからなかった。30歳で新聞社をやめ、新人賞に応募した頃は記者が主人公の長編を書いていたが、その後、意識して別の世界を書くようにした。「当事者の気分で書いていたから、見え方が平面的だった。いまは名残はあるけれど、身体から抜けているから多角的に書けた」

 物語では上司の暴走で誤報を出すが、挽回(ばんかい)のため取材を尽くす中で、永尾は遺族の言葉から事件報道について、自分なりの理想を持つようになる。

 朝日新聞社員らと検察幹部の賭けマージャン問題のように、取材相手の権力側との距離の取り方に厳しい目が注がれている。「批判は期待の裏返しでもある。情報社会という言葉さえもう古い社会で、情報を精査、検証できるプロは絶対必要。取材を通じて何がしたいのか、どんな社会になってほしいのか。難しいけれど、真剣に追い求めなければいけないと思う」(興野優平)=朝日新聞2020年7月8日掲載