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今村翔吾さん「じんかん」インタビュー 戦国屈指の〝悪人〟松永久秀の命をかけた夢

今村翔吾さん

直木賞次点「厳しい選評、後に生きてくる」

 2017年のデビュー以来、著書は早くも20冊超。文庫書き下ろしの「羽州(うしゅう)ぼろ鳶(とび)組」シリーズなどが人気を呼び、著書は累計100万部を突破した。

 「僕の本を手に取ってくれるのは、熱いものを求める読者。自分の新人時代を終わらせる作品として、熱さに奥行きを加えるつもりで書きました」

 『じんかん』の主人公は、「裏切り者」のイメージで語られることの多い戦国武将、松永久秀。主君の織田信長に2度も反旗を翻し、室町将軍の暗殺にも関与、東大寺大仏殿を焼いたという説も伝わる人物だ。

 そんな史上屈指の「悪人」にまつわる史料を大胆に解釈し直すことで、周囲の誤解を恐れず、胸に秘めた夢を追い続ける新たな人物像を描き出した。

 低い身分に生まれながら、乱世で身を立てようとする久秀。人の命が露と消える時代にあって、志を共にする仲間を失うたび、自問せずにはいられない。

 〈人は何のために生まれてくるのか/儚(はかな)く散るためだけに生まれてきたとでもいうのか〉

 現代にも通じる大きな問いかけだが、「歴史小説は油断すると、事跡をただなぞってしまう。その時代を生きた人間の息づかいまで書こうとするなら、『なぜ生きるのか』というテーマは避けて通れません」。

 やがて有力大名、三好元長の知遇を得た久秀。民の安寧のため、国のかたちを変えるという元長の大望を知ると、その夢に命を懸ける覚悟を決める。

 「死を覚悟した時に残った思いが、その人の真実では。人間の生が凝縮する一点を書きたい。それができるのが、歴史小説だと思っています」

 今月開かれた直木賞の選考会。選考委員による講評では、馳星周さんの『少年と犬』とのダブル受賞も検討されたが、受賞には至らなかったことが明かされた。「悔しいですよ。でも憧れの先生たちも、きっとこういう経験を重ねているんですよね」

 そんな憧れの作家の一人で、直木賞の選考委員も務めるのが北方謙三さん。作家への道を開いてくれた恩人でもある。

 退路を断つつもりでダンススクールのインストラクターの仕事を辞め、小説を書き始めたのが15年。翌年、地方の文学賞への応募作が、選考委員だった北方さんの目に留まった。

 「長編1本、3カ月で書けるか?」。作家になる覚悟をそう問われ、「ひと月で書きます」と即答。編集者を紹介され、デビュー作「火喰鳥(ひくいどり) 羽州ぼろ鳶組」の出版につながった。

 新人賞への応募を繰り返した経験から、「厳しい選評ほど、後になって生きてくる」と話す。今回の直木賞についても、「耳に痛い選評ほど、腹の一番底に落とさないと。受賞まで、そう長くは待たせませんよ」。(上原佳久)=朝日新聞2020年7月29日掲載