「フラワー」も似合ったかもしれないけど
――本書のタイトルはドイツ語で「花」という意味だそうですね。
いつも花に囲まれた生活をしているので、僕にとってお花は割と身近なものになっているんです。最近は自分で撮ったお花の写真をブログやインスタグラムにもあげていたので、写真集として残したいなという思いもありました。
この本は、ファンの方に花束を贈るような感じというか、今までの感謝の気持ちも込めて、本自体にブーケみたいなニュアンスがあってもいいかなと思ったんです。言い方は他にもあったんですけど、「フラワー」とか「ブーケ」だとちょっとかわいらしいかなと。まぁ、それも僕に似合うかもしれないんですけど(笑)。46歳という今の自分の年齢を考えて、少し男っぽい雰囲気も醸し出したかったし、「Blume」というドイツ語の静謐な感じや音の響きがいいなと思いました。
僕、ドイツって空港しか降りたことがなくて、土地に触れたことがないんです。でも、ドイツの工業製品であったり、音楽であったり、あとはワインとか好きなものが多い国なので、そういったドイツへの思いも含めて「Blume」としました。
――今作は、前作の『馬耳東風』から実に19年ぶりのフォトエッセイとなりますが、どんなところに違いを感じていますか。
19年という年月が経っているので、その頃に比べると自分も成長しているとは思いますが、根本的なものは何も変わっていないなと思います。『馬耳東風』を今読んでも自分の芯にあるものはあまり変わっていないですし、それがいいのか悪いのかって感じなんですが(笑)。自分の個性や価値観「いいな」「かっこいいな」と思うものはそんなに変わっていないので、自分でも“にんまり”してしまいます。
「GLOW」の連載は毎回写真もすごく素敵に撮ってくださって、僕のプライベートを深く掘ってくれたので、こういったフォトエッセイという一つ形に残るものを作ってくださったことはとても嬉しいです。今はネット情報化社会ですけど、物を残すこと、触れることの出来るものの重要性を最近感じています。
20代の感覚が蘇ってきている
――本書には朝の時間やバスタイムでの過ごし方など、稲垣さんのこだわりが詰まっていて、ライフスタイルがかなり確立されているという印象をもったのですが、昨今のコロナ禍で、これまでの生活スタイルや考え方が変わったことはありますか?
本当に、世の中は大きく変わりましたよね。ただ僕自身の生活においては、あまり変わらないことが多いです。と言うと、とても不謹慎に思われるかもしれないのですけど、「おうち時間」も僕は元々好きですし、一人で暮らしているので環境はあまり変わっていません。
ただ、やっぱり仕事は大幅に変わってしまったことが多いですよね。毎日色々なニュースが耳に入ってくる中で、僕の中の価値観でいうと、より人に対する思いやりや感謝の気持ちが大切だなと実感するようになりました。それはコロナで、というよりも、一人になる時間や考える時間がどうしてもできてくるので、がむしゃらに働いて忙しかった昔に比べると、一度立ち止まって色々なことを見つめ直し、考え直すきっかけにはなったかなと思います。
最近、自分が20代の頃の感覚が、不思議と蘇ってきていることがあるんです。僕は20歳くらいの時、写真を撮るのが好きだったのですが、家を整理していたらその頃の写真が出てきて、その中に香取慎吾くんを撮った写真もありました。今はあの頃以上に写真を撮ることが好きなので、若い時に出来上がった自分の嗜好みたいなものが変わっていなかったんだなと思いました。
忙しかった20代、30代では忘れていたことが多かったので、今時間のある中で立ち止まって思い出すと「20代の頃ってこういうものが好きだったな」とか「あの頃こういうことがやりたかったから、今もう一回やってみようかな」と思うんです。そういう過去のことに思いを寄せて、もう一度やってみたいなと思うことが増えました。僕はもしかしたら、一度タイムスリップして、過去に思いをちょっと戻してみたのかもしれないです。今、20代の頃の自分とすごく仲良くなれそうな感じがするんです。
――今は「新しい地図」としてさまざまな活動をされていますが、ご自身の変化を教えてください。
いわゆる「稲垣吾郎らしさ」っていうのは昔から変わっていないんですけど、環境を変えて再スタートしたことによって、新しくできたことは非常に多いですね。特に、週に2回もラジオのパーソナリティをやらせてもらっていることは大きいです。僕はあまりトークをしたり、司会をしたりというイメージがなかったと思うんです。もっとおしゃべりが上手なメンバーがいましたから。どちらかというと僕はみんなにイジられたり、得体のしれない存在に思われていたりしたのかもしれません。
元々人とお話することは僕も好きですし、自分で言うのもなんですけど、割と聞き上手だと思うんです(笑)。僕がまだ20代前半の頃、雑誌で村上龍先生と対談したことがあって、その時に「稲垣くん、話聞くの上手だね」って言ってもらったことがすっごく嬉しかったんですよ。これまではどちらかというと俳優業とグループ業の方が多かったので、そういう対談や僕がインタビューするトーク番組って、そんなにやってこなかったんですが、今は「7.2新しい別の窓」(Abema)という番組の「インテリゴロウ」でも、色々な文化人や作家さんと対談させてもらうことも増えてきたので、その変化は大きいです。基本的に僕は役者だと思っていますし、演じることが大好きでこれからもいろんな役を演じていきたいという思いはあるのですが、人にインタビューをしたり、ラジオのパーソナリティをやったりして「トークをする」という事も最近は覚えてきたのかなと思います。
人に興味を持つこと、面白がること
――さまざまな人に会ってコミュニケーションを取るときに、稲垣さんが大事にされていることは何ですか?
当たり前のことですが人に興味をもつことと、面白がることじゃないですかね。それって相手に伝わってしまいますから。あとは、その場の空気やシチュエーションの中で「その人と時間を過ごすとしたら、どういう会話をするか」という事を考えます。
僕らタレントがするインタビューというのは、インタビューしている僕も含めての対談で、そこに一つの出来事をつくるというか、僕は一つの思い出として残したいなと思っているので、その設定、状況をつくるようにしていますね。才能ある方々と対談させていただくことが多いので、今後もこういう仕事は続けていきたいです。自分と見る人の目線を同じように合わせて、対談する相手の魅力をうまく伝えられればいいなと思っています。
――約8年間司会を務められた読書バラエティー「ゴロウ・デラックス」でも、300人以上の作家や漫画家さんとお話しされましたね。この番組の出演を経て、稲垣さんが得たものや感じたことを教えてください。
もう、作家さんへの尊敬しかないですよ。まっさらな原稿用紙に自分の言葉を書いていって、そこで物語の世界を創るということは僕にとっては、もう魔法使いのような存在ですね。そういう方たちと対談して番組がつくれたことは僕の宝物です。あとは色々な本との出会いが大きかったですね。本って、自分が興味のあるものしか読まないじゃないですか。だけど、様々なジャンルの本を読むことによって、自分の知識や感性を育むこともできるし、色々な人との出会いももたらしてくれたので、本当にいい番組だったなと思います。
――今回のエッセイの中で、島田雅彦さんの『ドンナ・アンナ』を読んでとても衝撃を受けたと書かれていますね。特にどういったところでしょうか。
『ドンナ・アンナ』は、人に薦められて読んだんですよ。すごく抽象的な作品なんですが、今まで全く読んだことのない世界観や表現で「こういった作品もあるんだな」という事に単純にびっくりしたというか。それまで見てきた映画や本にそういったものは描かれていなかったので、見たことのない世界観に衝撃を受けたなと思ったんですけど、その後に島田さんの『僕は模造人間』を読んだ時はさらに衝撃を受けました。こういうキャラクターを主人公にして一つの小説を創るということに驚いて、どちらかというと『ドンナ・アンナ』は入り口で、『僕は模造人間』の方がすごく鮮明に記憶に残っていますね。
「いつか島田さんと一緒にお仕事できたらいいな」と思っていたら、その後対談させていただいたり、「100分deナショナリズム」という番組でも共演させてもらったりして、ご縁を嬉しく感じています。先日読んだ『絶望キャラメル』も面白かったです。青春群像劇なんですが、島田さんの他の作品も好きでよく読んでいます。