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『思うことから、すべては始まる』サンマーク出版社長・植木宣隆さん ヒットを生み出す会社づくり

文:野口理恵 写真:村上未知

出版業界だけでなく、コンテンツ産業に携わるすべての方へ

――サンマーク出版がなぜヒット作を連発できるのか、そのノウハウや思いが詰まった『思うことから、すべては始まる』を執筆した経緯を教えていただけますか。

 実は10年以上前から、サンマーク出版の考え方を本にすべきだという声が社内の編集者からあがっていました。弊社には25年でミリオンセラーが8冊あり、それぞれ別の編集者が担当しています。いま社内の編集者は16人ですが、みな20万部以上のヒットを出している。出版社としてはかなり異例なことなので、「どうしてそれが可能になったのかを書くべきだ」とあらためて口説かれたのがきっかけになりました。

 経営者としても、社員が型通りでない仕事ができるようにいろいろな制度を作っていて、社員に大事にしてほしいことを格言にした「サンマーク出版かるた」というものも作ってたんですね。これも社外の人にとって気づきのひとつになると思い、本の軸にしています。この本が出版業界だけではなく、コンテンツ産業に携わる方々のヒントになればと思っています。

――編集者と経営者としての植木さんの考えが書かれていますが、編集長から経営者になられたんですよね。

 そうですね。私は経営者になり18年経ちますが、社長になった当初はまだ編集長の仕事も半分やっていて、取材に同席もしていました。今から思えば変な話ですね(笑)。少しずつ社長になっていった感じです。会社を引き継いだときはゼロからというよりマイナスの状態から構築するようなところがありました。そもそも財務面がマイナスで、私はそれを知らないで社長になってしまったんです。「ちゃんと会社の状況を調べてから社長になれ」って話ですよね(笑)。

受け継がれるDNA

――今回の書籍にはサブタイトルで「ミリオンセラー8冊達成の幸運に学ぶ」とあります。なぜ「幸運」という言葉を選んだのでしょうか。

 実際、私たちは「幸運」だったなという思いがあったからです。もちろんそれぞれの能力や思いの力があってこそのことですが、やはり運は大事なことです。運が良くないと、どんなに優れた人でも成果を上げられない。編集の仕事を通して感じるのは、全身全霊を傾けても必ずヒット作を生み出せるわけではないということです。どこかでその本の持ってる運の良さが関わってくる。だから難しいですし、だから面白いんですね。

――ミリオンセラーが、ひとりの傑出した編集者ではなく別々の編集者であるというのは、たしかに本の持つ「運」もあるかもしれませんが、やはり植木さんのDNAがしっかりと受け継がれているのではないでしょうか。

 良い面だけが引き継がれているかわかりませんけれども(笑)。私が好きなドラッカーも言っています。大事なことは、個々の構成員の強みを最大化し、弱みは組織全体でカバーできるのがいい組織だということです。人はどうしても欠点を直したいと思う。でも欠点を直したからといって平均点になるだけ。良くないものが平均点になっても何の魅力も生まれない。そうではなくて、欠点が多少あっても突出したものがあればいいと思うんです。会社としても社員の強みを最大限に伸ばすことが重要だと思っています。

――著書にも書かれていますが、50名の社員のうちフルマラソン完走者が12名、トライアスロン完走者が2名とありました。編集者は体力勝負と言いますが…これはものすごいですね。

 一芸という意味では、サンマーク出版には剣道六段もいるし、高校の全国合唱大会でチームを優勝に導いた部長もいます。共通することは目標達成意欲の高さです。ミリオンセラーが偉いわけではないですが、多くの人に読まれるものを作りたいという強い気持ちを持っていることも大事です。全国大会で優勝するのはもちろん大変ですが、そのチームをまとめ上げる力が凄い。こういう人は大学卒業までには勉強以外でも突出するものがある。弊社の採用ではそういうところを見るようにしています。

最高の仕事をして、最高の人生にする

――経営者として18年が経ちましたが、どのようなことを心がけて経営をされていますか。

 経営者になってからは、新しい働き方をずっと追い求めてきました。たとえば3年前に導入したのが、社員全員に120日間の介護休暇を認めるというものです。以前、ある社員は奥さんが病気で2年半ほど在宅勤務をしていました。仕事上、全然問題ないんです。出社しなくとも社員にとっていかに働きやすい環境をつくるかが経営者にとっては大切です。彼は復帰したあとに『「原因」と「結果」の法則』というシリーズ100万部のヒット作を生み出してくれました。みなが仕事もあるし、生活もある。自分が病気になることもありますし、家族の介護が必要になることもあります。元気なときだけ一生懸命働いて、介護などの理由があると仕事を辞めざるをえないというのは、良くないと思うんです。仕事も介護もすべてが一体となって人生ですから。本にも書いていますが、「最高の仕事をして、最高の人生を送る」ようにしてほしいといつも考えています。

――フランクフルトで開催される世界最大のブックフェアには社員全員が行かれていると書かれていました。

 本社の社員だけではなく流通センターの社員まで全員行っています。他社ではないことかと思いますが、業界の最高峰を直接見た後は、パリのムーラン・ルージュでラインダンスも見ます。私は最高の仕事のためにはこういうことが大切だと思うんです。社員全員ムーラン・ルージュに行っている、珍しい会社だと思います(笑)。そういうことをどんどんやる会社が、もっと出てきて欲しいなと思っています。弊社では、2016年に大きな成果があがったので、2017年はごほうびとしてスペインとイタリアとアメリカ西海岸とハワイの4コースから、各自が選べる研修旅行も行っています。

――仕事半分、息抜き半分という感じなのでしょうか。

 息抜きからも成果は上がります。スペインへ行った編集者は「スペインの本屋には、1色刷りの実用書しかない」と気づいたんです。日本では4色刷りは珍しくないですから。彼女は「カラーの実用書はスペインで目立つはずだから、売れるかもしれない」と言うんです。それが数年後に実現して、彼女が担当した『体幹リセットダイエット』はスペインのamazonで1位になりました。こういうことが起こるから、面白いですよね。われわれはゼロから物を作る仕事をしているわけで、なるべく気持ちよく仕事できる環境を、どのくらい作れるかも経営者の仕事です。個性を認めて、多様性を大事にした会社作りをすることが、会社にとってもいいことなんだと思います。

――毎年、年始に社員が集まり、実現が難しそうな目標を発表する「大ボラ吹き大会」をしているそうですね。

 「ここまでしかできない」という限界を設けてしまいがちなのですが、その限界を突破するために大ボラを吹いてもらいます。大ボラを吹いても誰も傷つけません。「ミリオンセラーをつくる」という大ボラ吹き大会の目標が実現したこともあります。今年は、「キラーコンテンツを作ってそれを世界に」というホラを吹いてたんですけど、残念ながらまだ成し遂げられていません。今年は、やはりどの出版社も苦境に立たされていますからね。

しんどいときに、しんどいと言えるように

――新型コロナにより、出版に限らず経済全体が落ち込んでいます。これをどう乗り越えていけばよいとお考えですか。

 楽観視ではなく、本は今のような時期にこそ必要とされていると信じて、ピンチではなくチャンスととらえています。何よりも大切なのは、積極心です。前へ行く気持ちがないと、乗り越えられない。そういうスピリットをどれだけ持っているのかが、仕事のジャンルを問わず大事なことだと言えるのではないでしょうか。逆に、本当につらいときはつらいと言って助けを求めることも大事だと思います。しんどさは口にした瞬間に、軽くなることもありますから。

――最後にこの本を通して、どんなことを伝えたいですか。

 人生は大変なことも多くて、生きづらさを感じることもあります。ミリオンセラーをふくめて成果をあげてきましたが、当然、山あり谷ありだったわけで、良いことばかりではありません。でも人に頼ったりしながらも自分らしさを取り戻していけば、またその次に進めます。生きづらさを感じている人の背中を押してあげられるように、しんどいときにしんどいと言えるように、この本で気づき、またほっとしてもらえたら嬉しいですね。