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綾崎隼さんが14歳のときから最も見直したドラマ「未成年」 一週間を一年にも感じた濃密な青春群像

 1995年に「TBS野島三部作」の3作目として放映されたドラマです。ラストシーンをパロディにしたバラエティ、「未成年の主張」で存在を知っているという方も少なくないかもしれません。
 私は放映当時14歳でした。言うまでもなく超絶に多感な時期でした。
 前年の「人間・失格~たとえばぼくが死んだら」に衝撃を受けたこともあり、放送開始前から楽しみにしていました。主人公たちが電車で逃亡した第8話以降は、ラストシーンを見るまで絶対に死ねないと、注意深く登下校するようにもなりました。
 最も見直したドラマでもあります。
 9話から始まる廃校での共同生活は筆舌に尽くしがたくエモーショナルで、20年以上、憧れ続けたシチュエーションです。宣伝するつもりなどないのですが、あの頃の感動が忘れられなかった私は、今年、ついに若者たちが廃校で共同生活をする話を書いています。そんなこともあり、実は少し前に、全話、見直していました。
 25年前のドラマです。
 大人になって見直すと、1話ごとに10回は突っ込みたい箇所が見つかります。
 それは無理があるな。ご都合主義だな。説明と伏線が足りないな。などと、自分の技量を棚に上げて、考えてしまいます。ただ、「未成年」というのは、あらゆる疑念、違和感を吹き飛ばしてしまうパワーを持った作品でもありました。
 私は不良に憧れたことがありません。未成年の飲酒や喫煙に対しても、背伸びをしたいのかな、肩の力を抜けよ、と思いながら生きてきたタイプなので、主人公たちの行動にも共感するシーンの方が少ないんですけど、やっぱり面白いんです。
 このエッセイを書くにあたり、何があそこまで琴線に触れたんだろうと、改めて考えてみました。

 怒濤のストーリー展開については後述するとして、まずは登場人物の魅力について語らせて下さい。
 主人公の戸川博人(ヒロ)を演じた、いしだ壱成さんの生々しい色気は、25年経って見直しても色褪せていませんでした。無気力で、幾つものコンプレックスを抱えていて、特別な才能があるわけでもないのに、本当にしなやかで。友達を一番大切にしていて。だから、あんな風に皆に慕われていたんだろうなと思います。年上のヒロインを最後まで「あなた」と呼び続ける姿も、子ども心に格好良く映っていました。
 「未成年」では各話のオープニングとエンディング前に、ヒロのモノローグが入ります。絶妙な台詞回しも相まって、それが最高にズルいんです。中学生の心を余裕で虜にする破壊力です。ほぼすべてのモノローグを記憶していることを考えても、あの頃、私は確かに、ヒロに憧れていたのだと思います。
 そして、もう一人。
 ヒロインである新村萌香(モカ)を演じた桜井幸子さんについても、語らないわけにはいきません。
 モカは大学二年生という設定で、未成年ではありません。しかし、それが物語の幅を広げていて、主人公の憧れから始まる恋を、ことさら美しくしています。
 当時14歳でしたので、主人公と同様、モカは手の届かない憧れのお姉さんでした。
 39年の人生で、数え切れないほどの映画、ドラマを見てきました。ただ、日本の実写作品では、「未成年」で桜井幸子さんが演じたモカが、一番美しい女性だった気がしています。キャラクター性も、佇まいも、すべてが健気で高貴でした。
 第1話の冒頭、彼女が電車の中で「冒険しようって」と囁くシーンを100回くらい見ました。その第1話のラストシーンで、自分に恋心を抱いたヒロを冷静に突き放すシーンも、やっぱり100回くらい見ました。
 第4話で落ち込む主人公に赤い傘を差し出し、雨に濡れていく姿は、200回くらい見ました。(私は雨が好きなんですが、このシーンも影響しているのかもしれません)
 第5話でデク(香取慎吾さんが演じる障害者の友人)をいじめていた小学生に怒るシーンも、第8話のラストシーンで電車の中から手を差し出すシーンも、DVDをデッキに入れるまでもなく脳内で再生出来ます。
 モカは最初から最後まで現実離れした女性でした。しかし、当時の桜井幸子さんの佇まいや声で、すべてがしっくりくるんです。実写作品って、その時、その瞬間の、その年齢の役者さんだからこその作品になると思うんです。そして、「未成年」は主人公にせよ、ヒロインにせよ、もう本当に、あのタイミングでなければいけなかったドラマだから、やっぱり奇跡的なんです。それを思春期にリアルタイムで見ることが出来て幸せでした。

 もう一つ、忘れてはならないのは、主題歌にカーペンターズの楽曲が使われていたことです。
 『赤と灰色のサクリファイス』、『青と無色のサクリファイス』という本格ミステリを書いた際、登場人物たちに頻繁にカーペンターズの話をさせています。私が彼らを知ったのは、もちろん、このドラマからでした。ちなみに『陽炎太陽』ではサイモン&ガーファンクルの楽曲がモチーフになっていて、こちらも前年の「人間・失格」の主題歌で知っています。
 「好き」は連鎖して、次の時代に繋がっていくと思うんです。
若い方たちは「未成年」も「人間・失格」も知らないでしょうけど、私の小説を読んで、カーペンターズやサイモン&ガーファンクルに興味を持って、こんな素敵な曲があったんだと知ってくれたなら、そんなに素敵なことはありません。
 「未成年」エンディングの映像美は、ドラマ史上に残る傑作です。十代だった頃の私たちが、廃線を探してしまう程度には、エモーショナルです。そこに「I Need To Be In Love」がかかるんだから、もう完全に反則です。
 しかも、300回は見直した伝説の第8話のエンディング(真夜中の逃亡シーン)では、「Superstar」がかかるんです。
 あまつさえ、最終話のラストシーンは、あの未成年の主張からの「Yesterday Once More」です。サッカーで例えるなら、完全に7戦全勝でワールドカップ優勝です。

 主人公とヒロイン、主題歌について語ってきましたが、物語についても話させて下さい。
 「未成年」は第8話(全11話)で大きく物語が動きます。
 デクが偶然の事故で銃を撃ってしまい、彼を守るために、仲間たちは逃亡を試みるからです。(主人公の動機には、教師の企みで大学の推薦に落ちたという怒りもあります)
 改めて見直してみると、因縁の銀行に偶然入り、偶然にも鞄から銃が落ち、偶然にも銃の安全ロックが解除され、不慮の事故で因縁の相手を撃ってしまうなんてマジかよ……とか、推薦入試に落ちたことを怒る前に、そもそも学力が足りていないんだから勉強しなさいよとか、山ほど突っ込みどころがあるんですけど、そんな気持ち、いしだ壱成さんの演技力の前では完全に無力です。
 尾崎豊が憑依した主人公は、怒りで夜の校舎の窓ガラスを叩き壊して回り、真夜中に電車で逃亡します。そこにカーペンターズの「Superstar」がかかるんですから、突っ込み所なんて覚えている暇がありません。これが演出の力かと思い知らされます。
 そして、一週間を本気で一年のように長く感じた翌週、第9話での、あの濃密な超展開です。
廃校での共同生活というエモーショナルしか存在しないシチュエーションでスタートしてから、わずか10分後に、現役東大合格間違いなしの秀才(優等生こと河相我聞さん)が、
 「狂っているのは今の社会さ。誰もが何処かで狂わねば生きていけない。皆が皆、自分の論理と欲望だけで動いている。だからこそ、今の狂った社会の軌道を修正する必要がある! 僕らの手で!」
 などと言い出して、仲間を撃ってしまうのです。
 河相我聞さんは発砲事件に無関係だし、指名手配もされていないのに、社会の軌道を修正しようと言い出します。しかも、ちょうどジャーナリスト志望のモカの友人が訪れていて、その会話を録音し、音声がテレビ局のプロデューサーに渡ったことで、主人公たちはテロリストに仕立て上げられてしまいます。そして、機動隊に包囲され、あさま山荘事件ばりの立てこもりが始まります。
 あの超展開が当時の少年たちに与えた影響は甚大でした。
実例を挙げると、友達のKは、河相我聞さんの9話の台詞を丸々覚え、うちの家の留守電に吹き込むという暴挙に及びました。冗談の通じないうちの母親は、見えない敵に怯え始め、誤魔化すのが本当に大変でした。
 テロリストに仕立て上げられてしまった主人公たちは、どうなるのか。
 5人の友情は、ヒロとモカの儚い恋は、どんな結末を迎えるのか。
 以降、一秒たりとも中だるみすることなく、伝説の屋上シーンまで駆け抜けることになるのです。

 雨のシーンが印象的な第4話のタイトルは、「汚ねェ大人になるように」でした。
 39歳になった私には、色んな角度から刺さる言葉です。
 「汚ねぇ」という表記に、小さい「ェ」を使う勇気は、今の私にありません。
 この展開は無理があるな。ここで、こう物語が進むのは、ご都合主義になるから駄目だな。思えば、小説を書きながら、そんなことをいつも気にしています。演出を考えたらそっちの方が面白くなると分かっているのに、少しでも気になってしまうと許容出来ず、修正してしまいます。
 しかし、中高生の頃に書いていた小説は、そんな展開の連続でした。書きたいシーンを書くための小説になっていました。矛盾も、超展開も、ご都合主義も気にせずに、本当に書きたいと願ったシーンを描くための小説になっていました。多分、それではプロになれないんですけど、理屈より、感情が前に出ていました。
 私は、私も、いつの間にか、汚い大人になったんでしょうか。
 「未成年」に夢中になっていた頃は、あんな大人になりたくないとか、絶対、大人に自分の気持ちなんて分からないとか、そんなことをよく考えていたような気がします。
 いつの間にか風化したのか、それとも消化出来たのか。
 答えはよく分からないのだけれど、私は今日も、大好きだったドラマや映画を思い出しながら、青春小説を書いています。