「ピン!」って一体なんだろう
——絵本を読んで、コミュニケーションを「ピン!」と「ポン!」で表現するアイデアに面白さを感じました。私たちは普段からいろいろな「ピン!」をしながら、誰かの「ポン!」を受け止めて生きているんだなと。
最初に原作を読んだときは、「ピン!って、一体なんだろう」って不思議だったんです。絵本にはいろいろな「ピン!」が出てきますが、最初から最後まで「ピン!」が何か、というのははっきりしないんですね。どんなことにも当てはまる、ある種のとらえどころのなさに魅力を感じました。生きていると「言葉になりきらないもの」に出合うこともたくさんある。それを「ピン!」というシンプルな言葉で表したことで、読み手がどのようにでも受け止められる物語になっていると思います。
原作を読んで感じたのは、「一曲の歌のような絵本だな」ということですね。さまざまな「ピン!」について怒濤のようにたたみかけたあと、「ありったけのあいしてる!!」のように気持ちが爆発する場面もある。そして、思う存分「ピン!」した先に静寂が訪れ、私たちは相手からの「ポン!」を受け止める準備をする……物語が持つリズムと緩急のつけ方に独特の心地よさがあります。
人生って結局、自分ではコントロールできないものだし、相手の反応だって自分が思い描いたものが返ってくるとは限らない。「みみを すまして/こころに とどく なにかに。」と静寂のなかで自問自答する場面も、私にはリアリティーがあって。「ときには ひとりぼっちに/なりたくなるかもしれないね。どんなに じかんが かかってもいい……/きみの こころが きめるんだもの。」という場面では、一読者として救われた気持ちになりました。焦らず、それぞれのリズムでピン!とポン!を繰り返せばいい。それが人生なんだよって。
——現代では煩雑すぎる「ピン!」に疲れてしまったり、心ない「ポン!」に傷ついたりすることも多々あります。
ネットやSNSでたくさんの人とコミュニケーションが取れるようになった一方で、情報量も多くなりすぎていろいろな歪みが現れていますよね。匿名の発信が心を傷つけたり、人を追い詰めてしまったり……。だからこそ、「全部、受け止めなくてもいい。自分で選んでいいんだよ」ということを、この絵本は伝えてくれていると思うんです。あふれる情報や誰かからの反応を受け止めるのも、これはいらないと捨てるのも自分。心が疲れてしまったときにそれを思い出せれば、次の日にはリセットして少しでもすこやかに過ごせるかもしれない。
「あいすることはピンッ。/いきることはピンッ。」と、絵本にあるように、人間って生きている限りずっとピンッ!し続ける……「表現する生き物」なんですよね。誰もが自分を表現したがっていて、それを誰かが受け取っているのだから、うまくいかないことだってある。それだけは心に留めておいて、自分にちょうどいいさじ加減で、感じたことはどんどん表現していけばいい。
この絵本には、普遍的なメッセージが込められているけれど、決して押しつけがましくないんです。「こうでなきゃ」と高らかに謳っているわけでもない。絵本を読みながら「ピン!」のリズムに心を委ねているうちに、「あ、そうか。これでいいのかもしれないな」と自然に気づくことができる——そんなところがとても好きです。
あなたがあなたであることの奇蹟
——「ピンッとすることに早道はないし、ポンッとすることに正解もない。いつでも自分と相手を大切にする心を忘れず、あせらずピンッとポンッをていねいにくり返せば、いつしか、あなたがあなたであることの奇蹟ににんまりしてしまう時がきっとくるでしょう」という本書の「あとがき」にも感銘を受けました。内田さんが昔からずっと大切にされてきた絵本であり、取材で紹介したことが翻訳にかかわるきっかけとなった、マーガレット・ワイズ・ブラウンの『たいせつなこと』(原題:The Important Book/フレーベル館)にも通じるメッセージですね。
『たいせつなこと』でも「あなたに とって たいせつなのは/あなたが あなたで あること」というフレーズがありますが、本当に「それに尽きる」と思います。『たいせつなこと』と『ピン! あなたの こころの つたえかた』は、表現方法や作品が持つ雰囲気は違いますが、込められたものは同じというか。今回、担当してくださった編集さんも『たいせつなこと』が昔から好きで、翻訳者を考えるときに私のことを思い出してくださったそう。2つの作品の根底に何か共通するものがあるのでしょうね。
人間関係においては、「私が私であること」を大切にすると同時に、「相手が相手であること」も尊重するのが理想ですよね。人の心を無理やり、こじ開けることは絶対にできませんから。大好きだからこそ、ときには「放っておいてあげる」ことや「そっとしておく」ことも必要になる。心を閉ざして「ピン!」できなくなっている人に対しては、適切な距離と時間を取ることが大切だと思います。
「ピン!」と「ポン!」がうまくかみ合わないことってよくあることだと思いますが、特に親子という間柄だと難しい。私も含めて現代の親は過干渉になってしまうことが多いですよね。母(樹木希林さん)も、私たちの子育てに対して「子どもに注目しすぎ」とよく言っていました。「過干渉ほど子どもを潰してしまうエネルギーはない」って。
親子であっても、適度な距離感と相手へのリスペクトが大事だと身を持って感じていますが、ときには思いがあふれて言い過ぎ、ギクシャクしちゃうことだってある。でも大切な人とのコミュニケーションでつまずいたとき、必要以上に自分を責め立てる必要はないと思うんです。「自分の思い」を過剰に封じ込めずに認めた上で、その表現の仕方……どういう言葉を選んでどんな「音色」で相手に伝えるのか、考えながらなんとかバランスを取ってやっていくしかないんですよね。私も間違えてばっかりなんですけど。
翻訳は「作品との対話」が楽しい
——本作のほかにも、『たいせつなこと』(フレーベル館)、『岸辺のふたり』(くもん出版)、『恋するひと』(朔北社)など、内田さんが翻訳を手がけられる絵本は、詩的な美しさを感じさせる訳文が魅力です。絵本の翻訳のどういう部分に難しさや面白さを感じますか。
専門的に学んだわけではないので自己流なのですが、英語の本を翻訳するときは、いったん英語の感覚で物語をとらえています。そうすると、原作の意図するものが浮かび上がることがある。そしてある程度、訳したところで今度は日本語の文章としてブラッシュアップしていく。文章のリズム、句読点の在り方、ひらがなにするのかカタカナにするのか……今回もそれこそ編集さんと「ピンポン」を繰り返し、試行錯誤しながら作り上げる過程が楽しくて。翻訳するときはただ言葉を変換していくというより、深く掘り下げながら「この絵本は何が伝えたいのか」ということに向き合えるので、作品と対話をしているような面白さも感じます。
自分自身も小さなころから、家の本棚にある海外の絵本をよく読んでいました。絵本の世界へ、ひとりダイブするような感覚で没頭していたことを思い出します。なかでも、一番のお気に入りは、不条理演劇で知られるフランスの劇作家、ウジェーヌ・イヨネスコの『ストーリー・ナンバー』シリーズ(角川書店・現在は絶版)。このシリーズは全部で4冊あるのですが、谷川俊太郎さんの翻訳がとにかく素晴らしい。私は学校では英語を使っていたので、「日本語ってなんて奥深くて美しいんだろう」と、衝撃を受けました。あのときの感情は今でも忘れられません。
内容はイヨネスコだけあって「不条理」のひと言なんですけど、子どものころは言葉遊びやユーモラスな雰囲気に惹き付けられていました。でも思春期になって読み返すと、ただならぬ世界観を持った本だと気づいて。そういう意味で、絵本を読む楽しみは年齢によって見え方が移り変わるところにもありますね。短い文章が作り出す「間」を、読み手が好きなように泳いでいける。長いストーリーよりも一篇の詩を読みたいタイプだから好きなのかもしれない。絵本を一種の「アート」のようにとらえています。
そして、私にとって絵本は「自分のために読むもの」でもあるんです。自分が好きな絵本だからこそ読み聞かせしても楽しいし、それが結果的に子どもたちとのコミュニケーションにもつながる。もちろん、子どもにも「自分の好きな絵本」をそれぞれ選んでもらってね。子どもたちが小さいときは、毎晩のように親子で絵本を読んでいました。いま振り返っても幸せなひとときでしたね。
いい絵本って、シンプルな言葉で真理が語られていて、子どもから大人までどんな年代でも楽しめるものだと思うんです。『ピン! あなたの こころの つたえかた』は他者とのコミュニケーションの在り方だけでなく、「自分自身と対話すること」についても深く考えさせてくれる。「ピン!」という言葉が、読み手によってさまざまな解釈を生み、それぞれが求めるものを受け取ることができる……そういう懐の深さを持った絵本だと思います。