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西村繁男さんの絵本「もうすぐおしょうがつ」 普通の人がいて普通の暮らしがあって、みんな大切

文:坂田未希子、写真:家老芳美

京都らしい、根付きの松飾り

――お正月休みになり、ひろくんとゆうちゃんは、電車に乗っておじいさん、おばあさんのうちへ。大掃除のお手伝いをしたり、お餅つきをしたり、市場に買い物に出かけたり。家族でお正月を迎える準備をする様子が描かれた、西村繁男さんの『もうすぐおしょうがつ』(福音館書店)は、年の瀬の、気ぜわしさとわくわくが入り混じった雰囲気が伝わってくる作品だ。

 福音館書店の編集部からの「お正月の本を作りましょう」という提案がきっかけでした。当時は、カメラを持って取材をしてから描いていたのですが、お正月の風景は地域によって違うので、どこか1カ所がいいなと。担当の編集者さんが京都の人で、彼の実家の様子を見せてもらえるというので、取材させてもらいました。大掃除や餅つき、市場を見たり、お寺で除夜の鐘をつくのも見に行きました。描いてある根付きの松飾りは、京都らしいお正月の風景ですね。

『もうすぐおしょうがつ』(福音館書店)より

――お正月の風景の中にいるのは動物たち。市場の魚屋さんがカワウソやネコだったり、ヤギが豆を売っていたり、どんな動物がいるのか探すのも楽しい。

 登場人物を動物にしたのは僕のアイディアです。当時、月刊誌「母の友」(福音館書店)の表紙を描いていて、それが動物だったので、人間よりも面白いかなと思って。イヌやネコ、ウマ、ウシ、キツネ……いろいろ出てくるので、家族は同じ種類で犬にしようとか、親戚はタヌキでもいいかなとか、恋愛中なら違う動物同士でもいいかとか、あんまり違和感がないようにするのが大変でしたね。物語を作るのが苦手なので、兄妹の設定を作るぐらいにして、そこに取材したシーンをはめ込んでいきました。

西村繁男絵本原画展「やこうれっしゃ」(国立・ギャラリービブリオ)にて。西村さんが手がけた「母の友」表紙

――お正月の話ではなく、あえてお正月を迎える準備の話にしたのは?

 お正月は通り一遍になるので、お正月前の雰囲気を描きたいと思いました。僕の子どもの頃も、この本と同じような感じですね。親戚の家で餅つきをしたり、お正月用に新しい洋服を出してもらったり。子どもにとってはお正月よりも、その前の方が楽しいかもしれませんね。

 編集部から「今度はお正月の本を」と言われているのだけど難しくて。今はゲームとかやるのかな。どうも今のお正月と言われてもピンとこないんですよね。今年はコロナ禍で絵本に描いたような風景は見られないかもしれない。歳をとったからというのもありますが、こういう世界に戻ってほしいと思います。

どう描くかじゃなく、何を描きたいか

――学生時代はイラストレーターに憧れていたという西村さん。夜学でセツ・モードセミナーに通い、絵の勉強をする。

 卒業後、高校の先輩で絵本作家の田島征三さんが「ベトナムの子ども達を支援する会」という活動をしていて、そこに出入りするようになりました。銀座の数寄屋橋公園で反戦野外展をやっていて、同じように「これからどうしようかな」と思っている若者がいっぱいいて、直感的に「ここが僕の居場所だ」と感じました。イラストレーターに憧れていた自分は流行を追いかけていただけで、本当の自分ではなかった。どう描くかじゃなくて、何を描きたいのかが大事だと気付きました。

――やがて、田島さんの影響もあり、絵本の世界へ。

 でも、物語を作るのが苦手で。デビュー作は、ベトナムの子ども達を支援する会の友人で、先に絵本作家でデビューしていた大友康夫くんに書いてもらったけど、2作目はどうしようかと。また大友くんに作ってもらうのも癪だし(笑)。

 それで、物語のない絵だけでわかる『おふろやさん』ができました。カッコつけてた頃は銭湯なんてダサいと思っていたけど、改めて自分に問いかけてみたら、富士山のペンキ絵が好きだってことに気づいて、銭湯の話にしようと。徹底的に取材して細部まで描くのがひとつのスタイルになりました。その頃の作品を「観察絵本」といっていますが、『もうすぐおしょうがつ』もその流れがありますね。

『もうすぐおしょうがつ』(福音館書店)より

――『もうすぐおしょうがつ』で描きたかったのは、普通の人の普通の暮らし。

 主人公がいて、話が進んでいくよりも、いろんな人、いろんなものを描きたい。端折ってかっこいいのを作ろうと思うと、自分らしくなくてダメなんです。人と話すのは得意じゃないんだけど、人に興味がある、その人がいる社会に興味があるのかな。ひとりだけそこにいるんじゃなくて、この人もいて、あの人もいて、どの人も大事。そこにあるモノも大事。ほんの一コマしか出てこないかもしれないけれど、その人らしさ、そのモノらしさを描きたいと思っています。何度もページを行ったり来たりしながら、この人はここにもいたなとか、それぞれの物語を作りながら、親子で絵本の中で遊んでもらえると嬉しいですね。