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中村至男さんの絵本「どっとこ どうぶつえん」 「そう見える」ドット絵の面白さ

文:澤田聡子 写真:本人提供(プロフィールなど)

ゲームや落書きでなじんだ表現

――「あ! ライオンだ!」「これは……パンダさんじゃない?」。ページをめくるたびに子どもの歓声が飛ぶ。グラフィックデザイナー、中村至男さんが初めて手がけた絵本の『どっとこ どうぶつえん』(福音館書店)は、四角を組み合わせた「ドット絵」で動物が表現された、斬新な視覚表現の絵本だ。

最小限のドットで表現されたミニマムなパンダ。『どっとこ どうぶつえん』(福音館書店)より

 僕の世代でいうと、小さいころからインベーダーゲームやスーパーファミコンでお馴染みだったり、自分でもノートの端に落書きしたり……「ドット絵」って自然と体にしみついている表現なんですね。

 仕事でドット絵を描くことになったのは、2000年前後から。携帯電話でのデジタルコンテンツのために小さなアニメーションをたくさん作っていた時期がありました。当時の携帯電話はいわゆるガラケー。画面の画素数がとても粗く、文字もゲジゲジで、最初は慣れなくて表現するのが難しかったですね。でも、繰り返し描いていくうちにだんだんコツが分かってきて、たとえば、木を描いて赤いドットをつぶつぶと打つだけで、リンゴに見える。青空に3つ、白いドットを揺らしてみると、鳥に見えるとかね。

 ドットの色や配置、他のものとの関係性で「そう見える」のがとても面白かった。そこでドット絵をひたすら描き続けていくうちに、すっかり手が“省略する感覚”を覚えました。

――その後もドット絵を使ったグリーティングカードなどのデザインを続けていた中村さん。「東京アートブックフェア」に出品する作品を考えていたときに、「ドット絵」で一冊の本を作ろうと思いたった。

 最小限のドット絵でも「動物園」としてまとめたら、ひとつの世界になるのではないか、と試作してみたら、なんだか子どもたちにも読んでもらえそうなものができあがった。「絵本」の世界はなにも分からなかったんですが、福音館書店に持ち込んで作品を見てもらい、光栄にも「こどものとも」のラインアップとして、世の中に送り出せることになりました。

「当てっこ合戦」が始まった

――『どっとこ どうぶつえん』の試作版ができたのが2010年末。年が明けて2011年3月、東日本大震災が起こった。

 地震が起こって、まわりも先が見えない閉塞感にあふれていたし、僕自身「デザイン」という表現の存在意義について自問自答することも多かった。そんなとき、『どっとこ どうぶつえん』の試作を保育園で読み聞かせしてもらう機会があったんです。年中さんのクラスで、僕は園児たちの一番後ろに座って。「テキストもない絵本なのに、先生はどう読み聞かせするのかな。果たして分かってもらえるだろうか……」と、始まるまではかなり不安でした。

 でも先生が子どもたちに表紙を見せた瞬間、「ゾウさんだー!」「ちがうよネズミだよー!」と、あちこちから声が飛んできて。先生が「これなに?」って、聞かなくても自然に「当てっこ合戦」が始まったんです。その後もページをめくるたびに大騒ぎ。普段、なかなか子どもと接する機会がなかったので、そんなダイレクトな反応を見て、目が覚める思いでした。

「すぐに何の動物か分かってしまっては面白くないので、“ギリギリ分からないくらい”の難易度に設定するのが難しかった」と中村さん。『どっとこ どうぶつえん』(福音館書店)より

 保育園の先生も、一方的に読み聞かせるのではなく、子どもたちの反応を尊重しながら、うまく盛り上げてくださって、まるでDJみたいだった(笑)。子どもたちと一緒に体育座りして絵本を見ながら、「通じ合った」という確かな手応えを感じました。地震で迷っていた情けない大人の僕が、子どもたちの素直な反応に勇気づけられ、救われたんです。デザインや表現がちゃんと「伝わる」こと、そしてそれは「楽しい」ことなのだと、改めて教えてもらいました。

 子どもはお世辞も言わず、忖度もしない、世界一厳しいクライアントだと思います。試作では、まだデザイナーとしてカッコつけている部分があって、「きりん」の色は黄色と黒だったんです。なるべく色数を抑えてミニマムに作ろうと思っていたんですよね。ところが、読み聞かせのときに僕の隣に座っていた女の子が、「ちがう! 本当は茶色だもん」って、きりんの絵を見てつぶやいていて(笑)。僕の気取ったこだわりを一蹴してくれました。その通りだなぁと、帰宅してすぐ修正しました。今はもう中学生のお姉さんになっていると思いますが、今でもその子にお礼を言いたい気持ちです。

試作版では黄色と黒だったきりん。『どっとこ どうぶつえん』(福音館書店)より

デザインはコミュニケーション

――2014年、『どっとこ どうぶつえん』は世界最大の児童書の見本市であるイタリアのボローニャ・ブックフェアにて、優れた児童書に贈られるラガッツィ賞を受賞。ドイツ、フランス、台湾、中国でも翻訳出版されている。

 まさか、初めての絵本でラガッツィ賞をいただけると思っていなかったし、海外の読者にも喜んでもらえたことが、とてもうれしいです。イタリア最南端のランペドゥーサ島には移民や難民の受け入れセンターがあり、地元の図書館にはそうした子どもたちに向けた「字のない絵本」のコレクションがあるそうなんです。『どっとこ どうぶつえん』も、そのコレクションの1冊として、子どもたちに親しまれているという記事を見たときは、感激しました。

幼児から大人まで、文字がなくても直感的に楽しめる絵本として海外での評価も高い。『どっとこ どうぶつえん』(福音館書店)より

 現代では、いろいろなものに説明が行き届いていて、「至れり尽くせり」ですよね。でも、一見分かりにくいものでも、「うーん」と興味を持ってものを見るほうが、記憶に残ると思うんです。少ないドットで描いたゾウの絵と、数千万画素のゾウの写真、どちらがよりいきいきとゾウが見えるかというと、実はドット絵のほうかもしれない。抽象化された形を見立て、脳内で初めて「ゾウだ!」と見えたときの喜びは、心にくっきりと刻まれると思います。

 いろいろ考え方はあると思いますが、デザインって基本は「コミュニケーション」だと思うんですね。だからこそ、見る人の感性を信じて、押しつけや説明過多にはしたくない。受け取る側には「能動的にものを見る」ことの楽しさを味わってほしい。子どもたちという世界一、率直なユーザーに対峙しながら絵本を作ることができて、自分のフィールドが広がった気がしています。絵本の世界でもグラフィックデザイナーとして、やれることはたくさんあると思うので、自分自身も楽しみながら新しいことに挑戦していきたいですね。