1. HOME
  2. インタビュー
  3. 永田和宏・京産大名誉教授、最終講義 科学も短歌も「2倍の人生」 

永田和宏・京産大名誉教授、最終講義 科学も短歌も「2倍の人生」 

最終講義をする永田和宏さん=2020年12月19日、京都市北区の京都産業大、紙谷あかり撮影

研究室の「家訓」紹介 妻・河野裕子さんへの思いも

 細胞生物学者で歌人の永田和宏・京都産業大名誉教授(73)が昨年12月、京都市北区の同大学で最終講義をした。「おもしろさを選び続けて40年」と題して自らの研究を振り返り、2010年に亡くなった妻で歌人の河野裕子(かわのゆうこ)さんについても語った。

 永田さんは1947年、滋賀県生まれ。京都大再生医科学研究所教授などを経て、2010年に京都産業大総合生命科学部の初代学部長に就任。20年に退職し、今はJT生命誌研究館(大阪府高槻市)館長だ。05年からは本紙で朝日歌壇の選者もしている。

 最終講義で永田さんは、科学と短歌の両方を選んできたことに後ろめたさがあったと語った。「優秀な研究者が科学に没頭している世界で、短歌をやっていていいのかと自問した。日本ではこの道一筋の美学がある」からと。

 科学と短歌を両立させるには、睡眠時間を削るしかなかった。それを詠んだのが、1998年に出した歌集「饗庭(あえば)」のこんな歌だ。

 《ねむいねむい廊下がねむい風がねむいねむいねむいと肺がつぶやく》

 二つのことを力を抜かずに取り組んできたことで「人の2倍、人生を楽しむことができたのかもしれない」とも振り返った。

 大学での教育や研究については、「正しく答えられることより、正しく問えること」「問いを問いのまま抱え込んでいる時間」「安易に答えを求めない、与えないこと」の大切さを強調した。

 「自分の仕事と同じように、他の人の仕事を面白がれるか。質問ができるように人の話を聞こう」「自分のいるこの場所だけが世界だと思わず、確かな一歩を踏み出すために、できるだけ遠くを見よう」などの永田研究室の「家訓」も紹介した。

 最後に、河野さんとの思い出に触れた。

 《長生きして欲しいと誰彼数へつつつひにはあなたひとりを数ふ》
 《さみしくてあたたかかりきこの世にて会ひ得しことを幸せと思ふ》
 《手をのべてあなたとあなたに触れたきに息が足りないこの世の息が》

 これら河野さんが残した短歌を紹介して、「その人の前にいる時、自分の一番良い面が出て、自分が輝いて見える。そう感じさせてくれるのが河野という存在だった」「自分を見ていてくれる存在がないことが何よりも残念で悔しい。私はサイエンスや短歌でそれなりの仕事を残してきたと思うが、私の人生は河野裕子に出会ったことで、すべてだったのかもしれない」と振り返った。

故・河野裕子さんの画像と歌の前で思い出を話す永田和宏さん=2020年12月19日、京都市北区の京都産業大、大村治郎撮影

 親交のあるノーベル医学生理学賞受賞者の大隅良典・東京工業大栄誉教授(75)らも、最終講義に加わり、永田さんとの思い出を語った。大隅さんは「永田さんは河野さんを亡くすという想像を絶する経験から立ち上がった。短歌を通した多くの友人やサイエンスに支えられ、以前にも増して忙しく、超人ぶりを発揮している。知性、理性、感性、体力を備えた、かけがえのない文化人として、これからの日本を引っ張ってほしい」と話した。(大村治郎)=朝日新聞2021年1月27日掲載

PROMOTION