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【東日本大震災10年】変われぬ日本、地域社会に希望の芽 思想家・中沢新一さんに聞く

 震災後の動きは早かった。文芸誌に「日本の大転換」を寄せたのが、発生から1カ月半余り後のこと。地震と津波、そして東京電力福島第一原発事故で、日本文明は破綻(はたん)への道に足を踏み入れたと指摘した。

 従来のイデオロギー的な反原発の主張でも、堕落した資本主義への譴責(けんせき)という理解でもなかった。「エネルゴロジー(エネルギーの存在論)」からみた、人類史における原子力の特異性に焦点を当てた。石炭や石油と違い、原子核融合などの高エネルギー現象を無媒介に直接的に地球の生態圏内部へ持ち込む原子力は、現在の技術では安全上の欠陥が大きい。しかも本来ない「外部」を持ち込むという思考回路は、生態圏の自然の秩序や調和を重んじる多神教やアニミズムと異なり、現代資本主義を駆動させているユダヤ教やキリスト教など一神教の超越的な世界観と同じ過激さをはらむ、と踏み込んだ。

 「わかりづらい、悠長だと批判も受けました。でも土台となる思想を解き明かさなければと考えた。新自由主義的な経済は限界に近づいている、という予感が現実になった危機感でした」

 では、どんな見取り図が有効なのか。中沢さんが提唱したのは「贈与」だ。産業革命以降、市場主義の陰で後退し、21世紀のグローバリゼーション下で壊滅的になってしまった原理を、経済思想の中に回復させることを説いた。たとえば第1次産業は、数値化されにくい太陽エネルギーからの恵みを受けて成り立っている。人々が物を分け与え受け取る営みの中に、つながりや信頼が生まれ、よみがえる。専ら商品の生産や流通を中心に語られてきた交換という概念を刷新するべき時だ、と。

脱原発の訴え、広がらず

 行動もした。震災翌年に政治運動体「グリーンアクティブ」を立ち上げ、脱原発、TPP(環太平洋経済連携協定)反対、経済格差批判、自然との共生や地域共同体の絆に根を張る新しい豊かさを訴えた。初めて選挙運動にも関わった。

 しかし有権者の支持は得られず、活動は立ち消えに。大きな盛り上がりをみせた反原発運動も下火になっていった。被災地の一部原発も、昨秋に再稼働が同意されたばかりだ。

 問いかけは現実を変える力として働いただろうか。「戦略に欠けた自分たちの無力を突きつけられた経験でした。同時に、これほどの大事故を起こしても変われない日本を痛感もした」

 背景に横たわる、軍事・外交・経済すべて米国に依存した「戦後体制」を改めて考えさせられたと話す。ドイツ始め欧州は脱原発の流れが加速化し、国連もSDGs(持続可能な開発目標)を提唱、この10年、世界はせめぎあいを続けながらも大きく変わりつつあるのと正反対の日本だ。

 もっとも、地方を歩くと変化も感じている。音楽プロデューサー・小林武史さんらと参加した宮城県石巻市などでの「リボーンアート・フェスティバル」はその一つ。担い手は若い世代だ。地元だけでなく、都市の効率的で一元的な価値に見切りをつけて来た人も多い。クールな個人主義者たちが先端の技術でネットワークを深め、地域を変える。他の様々な場所でも、地域通貨など、ささやかだが新たな経済や人のつながりが生まれつつあることに感動した。

 「AI(人工知能)と地域社会の結合は『いいとこどり』とみられるかもしれないが、がんじがらめの現実を突破する力、希望の萌芽(ほうが)がある。フランスの思想家ガタリが言ったように、分子レベルでの変化が現実を変える可能性が生きている」

「共有」よみがえらせる

 思想や論壇の分野でも、パターン化された思考の強まりを憂える一方、マルクスが若い思想家に読み直され、コモン(共有財)が注目される機運に期待する。無支配と相互扶助というアナキズムの再評価にも関心を寄せている。

 「資本主義の発展の先に人間の原初的な共有(シェア)という古くて新しい価値をよみがえらせていく。挑戦しがいのある今後の大きな課題でしょう」

 「変われない日本」の潜在力にも、期待を捨てたわけではない。過激さより中庸を重んじる精神性。里山に象徴されるように、農業を行いながら動植物の要求も組み込み、自然と人工のハイブリッドな秩序が秘める潜在力である。

 認識は悲観的に、でも楽観的な意志を持って――。思想をじっくりと練り上げていく時だと力を込めた。(藤生京子)=朝日新聞2021年3月10日掲載