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「現代民主主義 思想と歴史」書評 指導者の噓・追随者の謀略 再び

評者: 石川健治 / 朝⽇新聞掲載:2021年03月13日
現代民主主義思想と歴史 (講談社選書メチエ) 著者:権左武志 出版社:講談社 ジャンル:新書・選書・ブックレット

ISBN: 9784065220443
発売⽇: 2020/12/11
サイズ: 19cm/288p

現代民主主義 思想と歴史 [著]権左武志

 彫心鏤骨(ちょうしんるこつ)という形容が相応(ふさわ)しい硬派の本。「本来は一九世紀末の北米農民政党や一九二〇年代以後の中南米政権を指すため使用された」歴史用語であるポピュリズムを、安易に一般化して民主主義の現在を説明する「誘惑にはできるだけ慎重でありたい」と述べ、民主主義、ナショナリズム、自決権など手垢(てあか)のついた概念を厳密に類型化し、文脈の混同を防ぎつつ分析が進む。一四〇字単位の思考リズムには収まらないからこそ、今の時代に最も必要な本。
 「親仏派ヘーゲル」との対比で描かれた一八〇八年のフィヒテ評、新資料を踏まえたヴェーバーの指導者民主主義論やシュミットの人民投票的民主主義論は、外発的な「敗戦国ナショナリズム」の諸相を描き切っていて圧巻の一言。彼らの敗戦体験が「指導者」「決断」への渇望につながる。純粋民主主義の虚構を暴露し、コンスタン、トクヴィル、ミルと続く修正民主主義の展開にも、これを支持する著者ならではの切り込みがあり、とりわけバジョットの議会政論の挿入が効いている。
 思想史方法論としては、スキナーらケンブリッジ学派の文脈主義を「歴史を俯瞰(ふかん)する観察者の立場を否定」する見解として退け、「学説の継承と克服による発展史」の立場を決然と支持している。これは、政治思想史を「役立たない教養主義の遺物」と蔑視する、新自由主義的風潮へのプロテストでもある。
 本書が現代日本の改革信奉者に与えた診断は、「新型ナショナリズムに感染している疑い」。湾岸戦争とバブル崩壊という敗戦体験がもたらした「成長願望ナショナリズム」と人民投票型の指導者民主政論の再演だ。「全体主義運動を特徴づける指導者の噓(うそ)と追随者の謀略活動こそ、政治改革派が倦(う)むことなく要求してきた『強力なリーダーシップ』の実態」である。必要なのは「船長に舵(かじ)取りを一任するよりも、むしろ海図と羅針盤を持つ」ことだろう。
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ごんざ・たけし 1959年生まれ。北海道大教授(政治思想史・政治学)。著書に『ヘーゲルとその時代』など。