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「妖怪少年の日々」書評 直観と行動 ひたすら驚く主義

評者: 横尾忠則 / 朝⽇新聞掲載:2021年04月03日
妖怪少年の日々 アラマタ自伝 著者:荒俣宏 出版社:KADOKAWA ジャンル:日本の小説・文学

ISBN: 9784041096994
発売⽇: 2021/01/29
サイズ: 20cm/467p

妖怪少年の日々 アラマタ自伝 [著]荒俣宏

 果報は寝て待てというが、ここにいる果報者は寝る時間さえ惜しむ勉学と行動の人。寝てるだけでは幸福はやってきません。直観と行動がひとつになって、信じられない霊力によって運命を思い通りに切り拓(ひら)いていきます。この人こそ師と信じると即ファンレター攻勢でフィクションを現実化させてしまいます。
 荒俣宏の荒はただならぬ気配を表し、髑髏(どくろ)を表す。名からしてホラー、生まれながらのお化け係累。小学生時代のあだなは「天邪鬼(あまのじゃく)」。父母どちらの家系も鬼の子供だったと気づく。
 中三で最初の導き手は怪奇幻想文学の師匠平井呈一。子供のお化け好きのレベルを超えた少年化け物学者は、すでにこの世とあの世を往来する幽冥界の徒である。どうです、驚いたでしょう。
 コブナ少年を自負していたボクがたまげたのは、このセンセと熱帯魚館に行った時、発音不可能な魚の名だけでなく、料理法から味付けの仕方まで片端から言い当てる。森羅万象博覧強記、この世もあの世も清濁併せ呑む。「必要な時期」に「必要な人」紀田順一郎先生を知ったことも大きい。
 天邪鬼は現実にあまり関心を持たない。手の届かない別世界にリアリティーを持つ。こういう人には偶然の力と、天から救いに来てくれる神の「天佑(てんゆう)」がつく。古い物事を捜査することは神がかりの技である。小説『帝都物語』は映画と共に大ヒット。
 彼にはひとつの主義がある。それはどこに行っても、ひたすら驚くことだと言う。ということは「驚きを知によってアースさせないこと」だ。あれはあれ、それはそれ、そこに芸術が発生するのである。芸術は答えも目的も持たない。
 ここまで来た荒俣さんは、「幽界と娑婆(しゃば)とは同じ紙の裏と表」と突き止めた平田篤胤(あつたね)の実感と同じ感覚に今なっている。そして知から霊の領域への本格的な挑戦が始まった。
    ◇
 あらまた・ひろし 1947年生まれ。作家、翻訳家、博物学者、幻想文学・神秘学研究家、稀覯(きこう)書収集家。