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「欲望の錬金術」書評 情報を「体験」する生き物が人間

評者: 坂井豊貴 / 朝⽇新聞掲載:2021年06月05日
欲望の錬金術 伝説の広告人が明かす不合理のマーケティング 著者:ローリー・サザーランド 出版社:東洋経済新報社 ジャンル:マーケティング・広告

ISBN: 9784492557990
発売⽇: 2021/04/16
サイズ: 20cm/492p

データやロジックではイノベーションは生まれない。一見不合理な「錬金術」には、ビジネスや社会を変える力がある−。究極のコミュニケーション・サイエンスを進化論や心理学、行動経…

「欲望の錬金術」 [著]ローリー・サザーランド

 ルディというワイン通の青年は、偽造の高級ワインを作った。それはよく売れたが、やがて偽造がばれてしまった。味のせいではない。ラベルが偽物だとばれたのだ。著者はルディを一種の錬金術師だという。そして高級ワインを薬効のない偽薬のようなものだという。だが偽薬とて馬鹿にはできない。なんせ人間は高価な偽薬ほど効き目が出てしまう生き物なのだから。
 人間はワインを飲むときに、ただブドウ由来のアルコール飲料を、口に入れているだけではない。産地や製法、ブランドなど、様々な情報を脳で消化している。味だけではなく情報で、ワインを飲むという体験が変わる。これに限らず、広告を生業とする著者は、情報が人間に与える効果について語る。人間を理解するには、一見正しそうなロジックに惑わされず、心理(サイコ)ロジックを知る必要があるのだという。一見正しそうなロジックとは「製品の機能は多い方が便利だから、機能を増やそう」といったものだ。 例えばかつてウォークマンの開発で、エンジニアは録音機能を付けようとしたが、盛田昭夫は禁じた。移動しながら音楽を聴く装置であることを、はっきりさせるためだ。機能を増やすと、それが何であるかの情報がブレてしまうのだ。
 本書には情報の設計に関する様々な逸話が収められており、多くの読者は目の覚めるような気付きを得るだろう。惜しむらくは経済学について誤った記述が時折あることだ。例えば著者は「3人が損をして、1人だけが3人の総損失以上に勝つ」賭けに乗ることを、経済学が支持するかのように書く。しかしリスク回避を扱う通常の経済学は、そのような支持はしない。
 評者は経済学者なので、そうした記述の本は通常人に勧めない。にも拘(かか)わらずここで広く紹介しているという事実は、すでに情報である。この情報から、この本に強い魅力があることを推察してもよいだろう。
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Rory Sutherland 広告会社オグルヴィUKの副会長で、「スペクテーター」誌のコラムニスト。ロンドン在住。