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「理不尽ゲーム」書評 諦念と冷笑の肌寒さ 日本でも

評者: 金原ひとみ / 朝⽇新聞掲載:2021年06月05日
理不尽ゲーム 著者:サーシャ・フィリペンコ 出版社:集英社 ジャンル:小説

ISBN: 9784087735116
発売⽇: 2021/03/26
サイズ: 19cm/253p

「理不尽ゲーム」 [著]サーシャ・フィリペンコ

 主人公の少年、十六歳のツィスクは、フェスの最中大雨により地下通路に殺到した人々が将棋倒しになった事故で昏睡(こんすい)状態となる。医師から回復はありえないと宣言されるのだが、眠り続けた彼は十年後、唐突に目を覚ます。ツィスクは少しずつ回復していくが、独裁国家ベラルーシの現状は解せないことばかりだ。しかし、「どうして?」と言えば高校時代の親友にさえ「その言葉、忘れたほうがいいぜ」と言われる。
 ジャーナリストの不審死に象徴される、反体制派の末路を知る国民は身動きが取れず、ツィスクもまた無力感の中で「なにも考えずに誰の邪魔もしないようにしているうちだけ生きていられるのだ」と考える。
 若者の間では、「理不尽ゲーム」が流行(はや)っている。理不尽な小噺(ばなし)を一人ずつ披露していくというゲームで、ルールは「事実」だけを話すこと。理不尽が横行する世界で、理不尽を笑うことだけが、彼らが真っ当な精神を保つ手段なのだ。
 読みながら、この乾いた肌寒さには慣れ親しんでいる、という感覚が残り続けた。それは日本に生きる多くの人が常々感じている「理不尽だけど、声を上げたって何も変わらない」という諦念(ていねん)の下に、冷笑的な態度でやり過ごすあの寒々しさだ。やり方は違うものの、日本でも国民に無力感を抱かせ続け、何の行動も起こさなく(昏睡状態に)させる常套(じょうとう)手段がまかり通っている。ロシアでの出版は二〇一四年だった本書だが、コロナ禍やオリンピック問題でそのやり口の杜撰(ずさん)さを見せつけられているこのタイミングの日本語訳刊行は、むしろ最適と言えるかもしれない。
 本書は巨大で暴力的な権力への問題提起であり、文字でありながら大きな声であり、物語の皮を被(かぶ)った闘争心の塊であり、その向こうに何万人もの群衆が見えるデモである。そしてきっと、昏睡状態の私たちを穏やかに目覚めさせる装置にもなり得るだろう。
    ◇
Саша Филипенко 1984年、ミンスク生まれ。テレビ局ジャーナリストを経て、2014年本作で長編デビュー。