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「千五郎の勝手に狂言解体新書」書評 えいともな 19曲紹介存じよう

評者: 横尾忠則 / 朝⽇新聞掲載:2021年06月05日
千五郎の勝手に狂言解体新書 著者:茂山 千五郎 出版社:春陽堂書店 ジャンル:芸術・アート

ISBN: 9784394903963
発売⽇: 2021/03/23
サイズ: 21cm/277p

「千五郎の勝手に狂言解体新書」 [著]茂山千五郎

 茂山狂言の美術と装束をお手伝いして、パリに同行した折り、四歳くらいの童(わらべ)が幕が上がるなり突然大声でケタケタ笑うものじゃにて、その童の笑い声につられて芝居小屋がどっと笑いの渦じゃ。狂言の言葉のおかしさなれど、この童は妙な仕種(しぐさ)と発声、見慣れぬ衣装にて笑いが止まらず往生じゃいやい。
 身共初めて狂言を見る折り、「これはこの辺りに住まいいたす者でござる」と自己紹介にはたまげた。何の用? 知らぬわい。演者同士の息が合っているのか、いないのか、筋道が立たず。意義見いだせず。かと思うや突然ピヨンと跳びはねて気をそらす。
 ここに「口真似(くちまね)」と申す、これぞ狂言という曲がござる。ひとつ紹介存じよう。ある日、主人が酒盛りの相手を連れてこいと太郎冠者に伝える。客人に粗相があってはならぬと、主人は自分の言った通りのことだけをするのだぞと、太郎冠者に命ずる。連れてきたのは有名な酒乱の客人。
 主人「やいやい太郎冠者、お盃(さかずき)を持て」と言うと、太郎冠者は客人に向かって、「やいやい太郎冠者、お盃を持て」と客人に言ってしまう。驚いた主人は太郎冠者に、「やい! お盃を持てとは汝(なんじ)のことじゃ」と叱ると、太郎冠者は客人に向かい、「やい! お盃を持てとは汝のことじゃ」。バカ正直な太郎冠者は、このあとも主人の口真似がエスカレート。怒り心頭の主人は太郎冠者を投げ飛ばす。それを真似た太郎冠者も客人を投げ飛ばす。されど客人「これは迷惑」と言って終演。わからん。
 こんな話が十九曲。著者千五郎さんは一曲一曲丁寧に実にニュートラルに、淡々と狂言を「解体」なさる。まずあらすじから始まって、次に解体作業。ようさやちょうさ、ちょうさやようさ、えいともえいとも、えいともなとかけ声を掛けながら囃(はや)しだす。「もそっと他の話をせい」。やい、ここから先は勝手に狂言解体を汝のままに!
    ◇
しげやま・せんごろう 1972年生まれ。狂言師。2016年、14世茂山千五郎を襲名。「茂山狂言会」など主催。