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「植物忌」書評 緑化される人間 妖しく爽やか

評者: 藤原辰史 / 朝⽇新聞掲載:2021年06月05日
植物忌 著者:星野智幸 出版社:朝日新聞出版 ジャンル:小説

ISBN: 9784022517609
発売⽇: 2021/05/07
サイズ: 20cm/222p

「植物忌」 [著]星野智幸

 植物を人文学的に考察する本が最近増えてきている。コッチャ『植物の生の哲学』、ビュルガ『そもそも植物とは何か』など。チャペック『園芸家の一年』やいとうせいこう『ボタニカル・ライフ』は私のお気に入りだ。
 これらを読んでいると、植物と人間の境界線がグラグラと揺らぐ。植物になりたいと願う女性を描いたハン・ガンの『菜食主義者』も衝撃的だったが、さらに先をいくのが本書だ。すなわち、植物に変身した人間たちの物語集である。
 背筋が凍る科学技術が目白押しでたまらない。自分の頭皮にヘチマ毛や芝生毛を植えたりする「スキン・プランツ」の話は強烈。花を咲かせると生殖機能を失うという副作用があるが、そのうち胎児の形の実がなる。なんだかリアルである。
 「植物転換手術」の話も不気味だ。術後、植物に変身した男は、耳をちぎったり性器を引っこ抜いたりして、活(い)け花を楽しむ。地球温暖化を防ぐために「世界で十億人を緑化する」団体もこの手術を用いる。こんなグロテスクな世界を爽やかに描く筆力に脱帽する。
 本書をつらぬくテーマは「食」。自分の体を栄養にして育てた植物を食べると自分を食べることになるのか。大好きな犬の死骸を土に埋めてそこに植えた植物の実を食べることは、愛犬を食べることなのか。たしかに地球上の食物は廃棄物の再利用でしかない。人間、動物、植物をつらぬく食物連鎖を、妖しく、不気味に、淡々と描く。
 いままで私の中で未発動だった生理的嫌悪感が、思ったこともなかった解放感とともに繰り返し襲う。ここが自分の笑いのツボだったのかと思うところで大笑いする。私の中の数あるスイッチのうち、一度も押されたことのないスイッチを押され、クラクラとめまいがするような読書体験は、そう簡単にできるものではない。読後に自分の手足から根や葉が生えていないかの確認も、お忘れなく。
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ほしの・ともゆき 1965年生まれ。作家。『俺俺』で大江健三郎賞、『焰(ほのお)』で谷崎潤一郎賞。