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「ギャンブリング害」書評 産業化を推進した「強い個人」像

評者: 坂井豊貴 / 朝⽇新聞掲載:2021年07月24日
ギャンブリング害 貪欲な業界と政治の欺瞞 著者:レベッカ・キャシディ 出版社:ビジネス教育出版社 ジャンル:社会・時事

ISBN: 9784828308630
発売⽇: 2021/06/15
サイズ: 21cm/388,38p

「ギャンブリング害」 [著]レベッカ・キャシディ

 かつてイギリスの賭博店は、陰気な雰囲気をまとっていた。外から店内が見えないようドアには目隠しがあり、窓は不透明だった。楽しそうな店内を見せ「需要を刺激する」ことが、法律で禁止されていたのだ。それが大きく変わったのは1986年。法改正で規制が緩和され、ギャンブルは産業として成長していった。やがてイギリスは政府まで国営宝くじを開始。これを推進したメージャー首相は「貧しい人々に希望を与えた」のだと語る。そうして成長したギャンブル産業について、著者は長年、実地調査を続けてきた。その20年にわたる調査をまとめたのが本書である。
 事業者はもちろん、政府や法律家など、様々なプレーヤーがギャンブルの推進には関わっている。印象的なのは、それらのみならず、ある種の「強い個人」像が、推進の強力な原動力として働いてきたことだ。例えばメージャーは「宝くじは、買わなければいけないものではない。だから、なぜ買うチャンスすら与えてはいけないのか」という。そこには、人間は自分の意思で買うか否かの選択ができる、その自己コントロールができる程度には強い、という個人像が仮定されている。
 だがそれほど人間の自己コントロール力は強いわけではない。ギャンブル依存症になったり、行動情報マーケティングに操られて大金を賭けたりする。これは少数の極端なギャンブラーの話ではない。ある調査によるとイギリスにはギャンブル依存症の患者や、近い状態にある者が200万人以上いるという。
 患者の多くは、周囲に助けを求められない。「責任あるギャンブリング」をできなかった自分を悪いと思うからだ。自己責任論の内面化である。一方、患者1人に対して直接影響を受けるのは、家族や同僚など平均6人にも及ぶ。世の中にギャンブル的なものは多々あれど、本物のギャンブルと比べると、それらが可愛らしく見えてくる。
    ◇
Rebecca Cassidy ロンドン大学ゴールドスミス・カレッジ人類学教授。賭博を定性調査した共著がある。