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「黒牢城」書評 荒木村重はなぜ城を脱出したか

評者: 大矢博子 / 朝⽇新聞掲載:2021年07月24日
黒牢城 Arioka Citadel case 著者:米澤 穂信 出版社:KADOKAWA ジャンル:小説

ISBN: 9784041113936
発売⽇: 2021/06/02
サイズ: 20cm/445p

「黒牢城」 [著]米澤穂信

 天正6年、織田信長に謀反した荒木村重を翻意させるため、黒田官兵衛が織田方の使者として有岡城を訪れた。しかし村重は官兵衛を拘束、一年間にわたって土牢(つちろう)に幽閉する――。
 有名なエピソードだが、米澤穂信の手にかかればこれが魅力的なミステリの舞台に変貌(へんぼう)する。籠城(ろうじょう)長引く有岡城内で起きた事件を、牢の中の黒田官兵衛が解き明かすのだ。この発想には唸(うな)った。そんなの、面白いに決まってるじゃないか。
 処分保留の人質が密室で殺された謎や、名のわからぬ首級の中から大将首を探す話など、冬春夏秋に起きた四つの架空の事件が語られる。村重自ら現場を検分し関係者の証言を集める。そして迷った挙句(あげく)に、知恵者と名高い黒田官兵衛に頼るのだ。官兵衛は話を聞いただけで真相を見抜くが、村重には謎かけのような言葉を告げるだけで――。
 捕らえた者と捕らえられた者がまるで刑事と探偵のような関係になるのが興味深い。個々の謎解きも論理性と驚きに満ちて、ミステリの醍醐(だいご)味たっぷりだ。
 ただし本書で最も注目すべきは、なぜ村重と官兵衛なのか、なぜ有岡城なのかという点にある。
 読者は、村重が家臣たちを残して有岡城を脱出するという史実を知っている。そう村重に決意させたものは何だったのか。それこそが本書の核たる謎だ。四つの事件はその史実に至る布石なのだと気づいたときにはため息が出た。籠城の中で戦況も人心も変わる。村重が何を考え、何に追い詰められていたのかが、事件を通して浮き彫りになる。
 そこに官兵衛を絡ませることで著者は、領主とは何か、民とは何か、ひいては戦国時代とは何かを見事に描き出した。読み進めるうちに、だから官兵衛なのかと膝(ひざ)を打った。村重の有岡城脱出の驚くべき絵解きであり、戦国時代でなければ描けない人間ドラマだ。
 米澤穂信初の戦国ミステリは斬新にして骨太。著者の里程標たる一冊である。
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よねざわ・ほのぶ 1978年生まれ。2011年に『折れた竜骨』で日本推理作家協会賞。2014年に『満願』で山本周五郎賞。