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「彼岸花が咲く島」書評 複数文化の地で抑圧されたもの

評者: トミヤマユキコ / 朝⽇新聞掲載:2021年07月31日
彼岸花が咲く島 著者:李 琴峰 出版社:文藝春秋 ジャンル:小説

ISBN: 9784163913902
発売⽇: 2021/06/25
サイズ: 20cm/188p

「彼岸花が咲く島」 [著]李琴峰

 とある〈島〉の浜辺にひとりの少女が流れ着き、付近に群生する彼岸花を採りに来ていた地元の子「游娜(ヨナ)」に発見される。少女はやがて目を覚ますが、漂着前のことを憶(おぼ)えていない。「わたし、なんでここにいるの? ……わたしはだれ?」「リー、海の向こうより来(ライ)したダー!」……似て非なる言葉を操るふたりはこうして出会った。少女は海の向こうから来たのにちなんで「宇実(ウミ)」という名をもらい、〈島〉で暮らしはじめる。
 本作はまず言葉を巡る物語として読者の前に現れる。〈島〉では「ニホン語」と「女語」が話されており、宇実にはニホン語がよくわからない。しかし女だけが使うことを許された「女語」は、彼女の母語「ひのもとことば」とそっくりだ。この相違と類似は何を意味するのか。それが物語に仕掛けられた第一の謎である。
 第二の謎は、宇実の処遇についてだ。〈島〉の最高指導者である「大ノロ」は、ここから出ていきたくなければノロになるための修行をせよと命じる。ノロは女にしかできない仕事で、祭祀(さいし)の取り仕切りなどを行うが、最重要任務は〈島〉の歴史を担うこと。そのため、一般の島民が知り得ない秘密を抱えたりもする。よそ者の宇実がノロとして〈島〉の秘密に触れるとき、何が起こるのか。ノロになるしかない宇実と、ノロに憧れる游娜、そして、男であるためにノロへの道を絶たれてしまった青年「拓慈(タツ)」を描くことで、〈島〉の根幹部分が浮き彫りになっていく。
 沖縄をモデルにしたこの不思議な〈島〉は、日本の歴史を考えるための「実験場」と言っていい。複数の文化が流入する土地で、何が大切にされ、何が抑圧されたのかを知ることは、この国の過去と現在を知り、あるいはまた未来を覗(のぞ)き見ることである。台湾生まれの作家が日本語で書き、芥川賞を獲(と)ったことが話題だが、仮に受賞を逃したとしても、この国のありようを見つめ直すために読んでおくべき作品だと思う。
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り・ことみ 1989年、台湾生まれ。作家。日中翻訳者。早稲田大大学院修士課程修了。本作で第165回芥川賞受賞。