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「初詣で」「己丑の大火」「梅花下駄」「一夜の夢」 照降町四季(一)~(四) 人の世は助け合い 集大成で新味 朝日新聞書評から

評者: 大矢博子 / 朝⽇新聞掲載:2021年08月21日
初詣で (照降町四季) 著者:佐伯泰英 出版社:文藝春秋 ジャンル:小説

ISBN: 9784163913568
発売⽇: 2021/04/06
サイズ: 20cm/263p

己丑の大火 (照降町四季) 著者:佐伯 泰英 出版社:文藝春秋 ジャンル:小説

ISBN: 9784163913667
発売⽇: 2021/05/10
サイズ: 20cm/267p

一夜の夢 (照降町四季) 著者:佐伯 泰英 出版社:文藝春秋 ジャンル:小説

ISBN: 9784163913957
発売⽇: 2021/07/07
サイズ: 20cm/293p

梅花下駄 (照降町四季) 著者:佐伯 泰英 出版社:文藝春秋 ジャンル:小説

ISBN: 9784163913810
発売⽇: 2021/06/08
サイズ: 20cm/278p

「初詣で」「己丑の大火」「梅花下駄」「一夜の夢」 照降町四季(一)~(四) [著]佐伯泰英

 今や隆盛を極める文庫書き下ろし時代小説のシリーズ。ハードボイルドな剣豪ものが主流だったこのジャンルに家族や地域の人情を持ち込み、今に続く大きな潮流を作ったのが佐伯泰英である。
 剣豪親子の『密命』、人情と恋と剣戟(けんげき)が詰まった『居眠り磐音(いわね)江戸双紙』、町人の青春群像劇『鎌倉河岸捕物控(ひかえ)』、吉原を舞台にした『吉原裏同心』などなど、10を超えるシリーズを持ち、ジャンルを牽引(けんいん)するトップランナーだ。
 その佐伯泰英の集大成が、全4巻の『照降町四季(てりふりちょうのしき)』である。舞台となる照降町は江戸・日本橋に実在した通りの通称。物語は、男に騙(だま)されて駆け落ちした鼻緒屋の娘・佳乃が3年ぶりに照降町に帰ってきた場面から始まる。その間に父は病に臥(ふ)し、店には浪人の周五郎が見習いとして働いていた。佳乃は不孝を悔い、鼻緒職人として精進しようと決意。ところがそこに佳乃を騙した男が現れ……。
 というのが第1巻『初詣で』の粗筋である。浪人・周五郎と町内の人々の助けで過去を振り切った佳乃を、第2巻『己丑(きちゅう)の大火』で次なる苦難が襲う。文政12年3月21日に発生した神田大火で、照降町は全焼してしまうのだ。
 第3巻『梅花下駄(げた)』はその鎮魂と復興の物語。吉原の花魁(おいらん)からの依頼が町の人々を励ます。そして『一夜(ひとよ)の夢』では第1巻からほのめかされていた周五郎の事情が山場を迎え、彼が自らの問題にけりをつけるとともに、照降町が再生の第一歩を踏み出す。
 市井の人情から吉原の矜持(きょうじ)、剣戟にお家騒動まで、佐伯泰英の強みが全部入っている。そこに「女性職人が主人公」という著者初の試みが加えられた。ファンはもちろん、佐伯作品初心者・時代小説初心者にもうってつけだ。
 視点人物は佳乃と周五郎だが、真の主役は照降町という共同体である。大火という相手を選ばぬ災害。生計の方法を失いながら、職人が、船頭が、役者が、商人が、医者が、皆自分にできることを探して助け合う。金持ちは困窮する人に手を差し伸べ、助けられた者はその恩を忘れない。一方、町の事情など意に介さず、派閥闘争に明け暮れる武家の様子。本書が天災やコロナ禍に直面する現代と重ねて描かれたのは明白だ。
 本書では誠実に努力した者が報われ、悪者は成敗される。綺麗事(きれいごと)かもしれない。だが綺麗事をまっすぐに描けるのが時代小説だ。心が洗われる。情報と分断の中で忘れていたことを思い出す。人の世はこうあるべきなのだと、意を強くする。実に清々(すがすが)しい。
 本書は単行本・文庫・電子書籍の同時発売という異例の様式で刊行。より多くの読者に届くようにという著者の思いが伝わった。
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さえき・やすひで 1942年生まれ。デビュー作『闘牛』などスペインをテーマにした作品を発表した後、1999年に時代小説に転向。文庫書き下ろし時代小説の代表的作家の地位を確立。2018年に菊池寛賞。