私たちは、きちんと話を聞いてもらえた経験が少ない。この本の章題でもある一文を読み、思わずドキリとした。
相手が時計に目をやる動作に気づいたり、話の途中で遮られたり。自分の話を最後まですることを諦めるシーンは、職場や家庭や友人との会話の中で、誰もが日常的に体験しているだろう。そして逆もまた然(しか)り。私たちはほとんど相手の話を聞けていないのではないだろうか。
積極的な傾聴は、ビジネスに役立つスキルとしてすでに知られている。しかし、重要なのはアイコンタクトや相槌(あいづち)のような手法ではなく好奇心。「適切な質問さえすれば、誰もがおもしろくなる」と著者は論じる。
ニューヨーク・タイムズなどで活躍するジャーナリストが、自らのインタビュー経験と文献、さらにはバーテンダーから牧師、人質の解放交渉人まで様々な職種への聞き取りをもとに「聞くこと」の効用とあるべき姿勢について探究する本書。聞くプロである彼女自身が、好奇心たっぷりに多くの人の言葉に耳を傾け、聞く価値の再定義を重ね、その魅力を膨らませていく。この一冊を書く過程そのものが、クリエーティブな「聞く」の実践だったに違いない。=朝日新聞2021年9月4日掲載