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「反日」 大衆文化に映り込む帝国の記憶 朝日新聞書評から

評者: 温又柔 / 朝⽇新聞掲載:2021年10月02日
反日 東アジアにおける感情の政治 著者:レオ・チン 出版社:人文書院 ジャンル:外交・国際関係

ISBN: 9784409241370
発売⽇: 2021/08/11
サイズ: 19cm/265p

「反日」 [著]レオ・チン

 近頃、「反日」という表現は、誹謗(ひぼう)中傷の常套句(じょうとうく)となりおおせてしまった。
 「日本で『反日』というレッテルを貼られるのは(……)主に愛国心がない『非国民』と非難され、想像の共同体から追放されたり、疎外感を味わうことがしばしばある」
 しかしながら、やや挑発的なこの言葉を掲げた本書は、「東アジアにおける帝国日本の記憶に対する感情、感覚、その他の情動的態度の分析」を通して「和解と未来に向けた対話を始めるために」著されたもので、攻撃や排他とは対極にある。
 著者のレオ・チンは、「公式の言説とは異なり、集団的な不安、欲望、空想が投影され、想像され、演じられる場所」として、「大衆文化」にあらわれる「東アジア地域の人びと」の「日本に対する観念、特徴、態度」及び「情緒」を仔細(しさい)に分析する。
 ブルース・リーとゴジラ。元「慰安婦」らと真摯(しん・し)に向き合うピョン・ヨンジュの映画「ナヌムの家」三部作。台湾ニューシネマの立役者の一人・呉念眞が「日本と国民党両方の体制下を生きた自身の父親を題材」に撮った映画「多桑」。大島渚の映画「絞死刑」や津島佑子の小説『あまりに野蛮な』等……レオ・チンは、「帝国日本と戦後冷戦秩序の間で引き裂かれてきた」人びとの感情を軸に東アジアの近現代史に帝国日本が落とした影の濃さを見る。
 炙(あぶ)り出されるのは、「敗戦後の帝国日本の突然の消滅、その後の冷戦期のこの地域におけるアメリカの覇権」による「戦後日本の経済的な台頭」こそが東アジア地域における反日・親日主義の高まりに寄与したという事実への、日本にいる私たちの圧倒的な認識不足だろう。
 「怒り、悲しみ、ねたみなど感覚と感情を搔き立て」、「熱っぽくて、重なり合い、時には矛盾」もする「戦後のアジアにおける反日主義」は、疑いようもなく「帝国日本」の負の遺産なのに。
 その前提でレオ・チンは、「コントロールできない大きな力のなかで、個々の存在を意味あるものにしようともがく人たち」やその子孫同士が、各々(おのおの)の頭上で国家が煽(あお)る猛々(たけだけ)しい「民族ナショナリズム」の罠(わな)に陥ることなく、また、アカデミアが空々しく謳(うた)う高慢な「ヒューマニズム」にも溺れることなく、まっとうに連帯する方法を模索する。
 「帝国日本が残した未解決のままの帝国と植民地の遺産によって示される東アジアにおける構造的変化」を直視せよ、と呼びかける本書を真剣に受けとめたければ、日本の私たちも隣人たちの「戦後」にもはや無頓着ではいられない。
    ◇
Leo T.S ching 1962年、台北生まれ。10歳から日本で育ち、アメリカの大学で学んだ。現在、米デューク大教授(日本文化・ポストコロニアル研究)。著書に『ビカミング〈ジャパニーズ〉』。