「馬の骨」の名曲!?
――原作は最近エッセイストとしても活躍する小説家・燃え殻さんのデビュー作ですが、お読みになってどんな印象でしたか。
「『馬の骨』の曲だ!」の一言ですね(笑)。元々「キリンジ」が好きで、元メンバーの堀込泰行さんのソロプロジェクト「馬の骨」も聴いていたんですが、特に「燃え殻」は名曲なんですよ。
僕は失礼ながらそれまで燃え殻さんの本は読んだことがなかったんですけど、今回のお話をもらったときに「『燃え殻』って、あの『燃え殻』のことだよな」と曲名が思い浮かんで、本も読んでみました。それから改めて曲を聴いてみたら、原作に書かれている物語と楽曲の歌詞の世界観や叙情性みたいなものが、僕の中でイコールだったんですよね。僕は「燃え殻」という曲からこの本に入ったので、その印象が脚本を含めて、原作にも通底していると思います。
原作は燃え殻さんが現在から過去に遡って、時系列関係なくその時々の恋愛や人間ドラマを私小説的に書かれていったものなので、映画ではそれをどう整理して、どういう構成で見せるのかが重要なポイントでした。当時の映画や音楽などのカルチャー面を作品の中でどう生かしたらいいのかということも、森(義仁)監督やプロデューサーと話し合いました。
――「オザケン」こと小沢健二さんの楽曲を始め、ポケベルや「WAVE」のレコード袋など、90年代を代表するカルチャーや流行が散りばめられていて、その世代の人には懐かしさも感じさせますよね。
僕は絶妙に振り返れない世代なので、後追いなんですよ。でも音楽に絞って言うと、今だとサブスクなどで年代に関係なく、いくらでも楽曲を引っ張ることができるじゃないですか。そうなると時代に関係なく、いい曲はいい曲として、それぞれの人にタッチすることがあると思うんですよね。
例えば、僕にとっては60年代の曲はすごく刺激的で、15歳の時に「モータウン」(1960年代前半から世界的なヒット曲を世に送り込んでいる、アメリカのソウル専門レーベル)の話を周りの人にしたら、30代40代の人たちが喜ぶみたいな(笑)。
あとは、以前出演した「モテキ」という作品で大根(仁)監督と仕事をしたことはもちろん大きいですね。原作漫画はもちろん、大根さんはまさしく渋谷辺りのカルチャーにどっぷりの人だったので、色々学ばせてもらいました。「モテキ」で使われている楽曲を調べていくうちに、時系列をはっきりさせていく時間にもなったし、それまでも知っている曲だったけど「あ、この時勢の中で生まれたものなんだ」と知ることもできたり。なので、元々自分が持っていた嗜好性と、後追いでできた嗜好性、そして「モテキ」で学んだことが色々と混ざり合いながら、音楽を含めた90年代の文化を改めて観たり聴いたりしています。
「はじめまして」の出会いは残る
――物語は、森山さんが演じる佐藤を中心とした様々な出会いや別れを、時代の変化とともに描いていきますが、佐藤の心の中には、別れた初恋の人・かおりの存在がずっと消えないでいます。佐藤にとって、彼女はどんな存在だったのでしょうか?
かおりとは文通で知り合ったから、初めて直接会う時の緊張感って、きっとものすごかったと思います。「はじめまして」の人と関わるときって一番ビクビクするし、距離感が計れないからすごく難しいじゃないですか。様々な人と関わっていく中で選択肢ができてきたりするんだけど、経験値を積んだからって、うまくいかないこともあります。
それでも最初の記憶としての「出会い」は、結構自分の中に残ると思うんですよね。それが佐藤にとっては「かおり」という存在なんだと思うんです。
――出会うきっかけが求人誌の文通相手募集欄というのは、SNSが主流の今は新鮮に感じます。彼女から届く手紙の匂いを佐藤が嗅いでいたのが印象的でしたが、どんな思いでその行動につながったのでしょうか?
ひとつは「むげん堂」ですよね。90年代に流行っていた、民族系のファッションや雑貨などを売る代表的な場所が「元祖仲屋むげん堂」というお店なんです。僕も当時は神戸に住んでいましたけど、少なからずその影響を受けていたし、チャンダン(白檀をベースにしたスティックタイプのお香)とかみんなやっていたんですよ。
かおりがその「むげん堂」でバイトしていたので、「チャンダンは手元にあるだろうな」とか「便箋には絶対匂いがついているな」という想像は単純にできました。もちろんそれだけじゃなくて、女性から届いた手紙というものに興奮して香りを嗅いだ、という気持ちもあったと思います。
――手紙からかおりのイメージを膨らませていたのですね。匂いから何かを想像したり、記憶がよみがえったりすることってありますよね。
風景や匂いでフラッシュバックする感覚はありますね。匂いって記憶にすごく直結しますから。先ほどの手紙やはがきにはペンや紙の匂いもするので、もしそこに原体験が強くあるのだとすると、佐藤が「かおり」という存在に引き戻されたように、ふっと何かを、誰かを思い出すことが僕にもあると思います。
――かおりと別れた後に出会ったバーテンダーのスーや恋人の恵も、少なからず佐藤に影響を与えています。
かおりという存在を、ずっと自分の口の中でくちゃくちゃと反芻しているような状態の中で佐藤はスーや恵たちと出会うのですが、女性たちだけでなく、仕事関係や突発的、持続的な関わり、様々な経験を積んでいく中での「出会い」というものを本作では描いています。対人関係は様々なんですけど、それは佐藤が変容してキャラクターがめちゃくちゃ変わっているというわけではなく、積み重ねがあるからこそ、それぞれの関わりにつながったんだと思います。
例えばスーは、佐藤がかおりとの失恋を引きずっている中で出会った女性で、人と関わることに対して歪な状態だったと思うんです。彼女は国籍も曖昧でどんな存在なのかわからない。影を持っていて、色々な制限を受けながら生きている彼女の状況に、佐藤はある種共鳴しただろうし、愛おしさみたいなものを感じたかもしれない。その時の自分の状況で、出会う人、出会わない人が存在する。出会いはそうやって成立していくんだなと思いました。
名刺代わりに配っていた本
――ここからは、森山さんの読書ライフやおすすめの本についてお伺いしたいです。本作の内容にからめて、森山さんが「あの頃、よく読んでいたな」という本を教えてください。
昔の記憶としては漫画の方が強いんですが、ある時から小説をすごく読むようになったんです。それはもしかしたら、パウロ・コエーリョの『アルケミスト 夢を旅した少年』からかもしれない。僕の中でこの小説は衝撃的すぎて、一時期は名刺代わりに配っていました。だれかにこの本を紹介したくなったら「これ読んでみて」みたいな。
――『アルケミスト』のどんなところに衝撃を受けたのですか。
ざっくり言うと、人がどう出会って、どういう風に運命に導かれていくのかという内容です。目の前で起こっている現象や風景、その人の言動といった瞬間ごとに、自分自身が何を感じて直感的に行動に移せるのか。その直感的なものをどう信じて生きていくのか、みたいな話なんです。仕事を含めて、自分自身がどう生きていくのか、どう関わっていくのか。そういったことの原体験というか「自分がこんな風に生きられたら面白いよな」って思っていたようなことがそのまま本になっているような気がしたと言いますか。
この本は今でも支えになっているし、自分の歩き方のベースにあるなという感じです。本作の撮影中、(伊藤)沙莉ちゃんにもこの本を渡したのですが、気になった方はぜひ読んでみてください。