たくさんの人に支えられた出産
――「ぼくのママしらない?」と動物たちに聞いていく赤ちゃん。子どもが生まれる前の世界を描いた『うまれてきてくれてありがとう』(童心社)は、西元洋さんの実体験から生まれた絵本だ。難産だった息子の妊娠期、必死で妻を励まし、奇跡の出産を迎えて「ありがとう」という言葉が生まれた。
息子の出産は本当に大変だったんです。妊娠6カ月で陣痛が来てしまい、8カ月には破水、妻はずっと入院して点滴を受けていました。お医者さんが「80%はダメだと思ってください」という状況でした。もう仕事に行く前に、毎日氏神様にお参りしに行きましたし、妻のいいところを100個描いた冊子を作って病院に届けたりしました。普通なら生まれない状況での、奇跡的な出産だったんです。
妊婦健診のときに、お医者さんが胎児の心音を聞かせてくれたことがありました。それが力強かったので「あなたの子どもとして生まれてきたいんだね」と言ってくれたんです。自分たちを選んでくれたんだ、と素直に思いました。本当にたくさんの人の支えがあって生まれてきたんです。その「生まれてきてくれてありがとう」という気持ちを表現したいと思って、このお話を作りました。
――はじめは紙芝居を作って、まわりの家族に読み聞かせをしていた。お話の中で、主人公の赤ちゃんが出会う動物たちはみんな「うまれてきてくれてありがとう」と自分の子どもたちをぎゅっと抱きしめる。はやくママにあいたくなった赤ちゃんは、優しい光に抱き寄せられて自分のママを見つけ、選んだママのもとに生まれてくる……。読み終わった後は涙を流す親もいて、あちこちで読み聞かせをしてほしいと声がかかるようになったという。絵本化されると、またたくまに反響が広がった。
読者からたくさんお手紙が届いたんです。「うまれてきてくれてありがとう」という気持ちを口にして伝える機会がなかったけれど、絵本を通して子どもに気持ちを伝えられたという方は多かったです。16トリソミーという遺伝子の病気で生まれた子のお母さんとは、何度か手紙をやりとりしました。生まれてすぐ亡くなってしまったけれど、絵本の子を自分の子と重ねて、気持ちを落ち着かせることができたとおっしゃっていました。その後すぐまた妊娠したと聞いて、自分のことのように喜ばしかったのを覚えています。
幼稚園などの団体に呼ばれて、講演に行ったこともありました。出版して10年になるのですが、いまだに取り上げていただく機会があってありがたいですね。
黒井健さんが絵を描いてくださったのも、夢のようでした。もともと『手ぶくろを買いに』(偕成社)などを描かれていた黒井さんの絵が好きだったんです。この『うまれてきてくれてありがとう』はとてもかわいらしい絵で、優しい世界観にあふれていました。とても素敵な絵本に仕上がって嬉しかったですね。
元気でいてくれるだけでいい
――西元さんの息子は、現在高校生。インタビューに同席した妻の恵子さんは、「自己肯定感のすごく高い子どもに育ちました」と笑う。出産で大変な時も、妻を褒めることで元気づけた西元さんと、いつも感謝の気持ちで家族を支えてきた恵子さん。この絵本はいまでも西元家のバイブルになっている。
西元恵子さん:息子と喧嘩してカッとなったときも、私はこの絵本を読んで気持ちを落ち着かせています。成長してくると、生まれたときのことを忘れてしまって、あれもこれもやりなさいと要求が高くなってしまいます。でもこれを読むと、元気でいてくれるだけでいいじゃないか、と思えるんです。私たちの「うまれてきてくれてありがとう」と思えた気持ちを、絵本でいろんな方が共有してくださって、本当に嬉しいですね。