デビュー2作目で芥川賞を受賞し、新時代の書き手として注目される作家の遠野遥さんが、受賞後第一作の新刊『教育』(河出書房新社)を出した。感情が抑制されているような独特の文体はそのままに、不気味なディストピアを描く初めての長編小説。世界の「正しさ」と欲望のはざまで引き裂かれる人間の悲哀が、恐怖や笑いを引き起こす。
舞台は全寮制の奇妙な学校。そこでは「1日3回以上オーガズムに達すると成績が上がりやすい」とされていて、主人公の男子生徒は学校から供給される〈ポルノ・ビデオ〉を見て自慰をしたり、女子生徒とセックスをしたりして模範的な生徒を目指す。成績を決めるのは、4枚のカードから1枚を選び、裏面の写真を当てる超能力テストだ。
「現実にも変な校則とか社会の習慣みたいなものってあるじゃないですか。でも、ずっと従っていると、ルールを強いる権力者の側は増長してしまって、どんどんおかしな方向に行ってしまうこともある」。奇抜な設定について尋ねると、こう語った。「いまは『教育』で書いたような世界は非現実的だなと受け止められると思うけれど、現状を座して見ていたらこんなような感じになっちゃうかもしれないよという意識は、あったかもしれない」
だが一方で、「あえて説明するならですけど」「自分がどこまで自覚的だったかはわかりません」とも言い添えた。「おもしろいものを書こうとしたらそういうことになったというだけで、書きたいテーマだという自覚はない」と話す。
インタビューをしていると、作品の解釈や意図についての質問には答えにくそうにする。「自分がどう考えているかというのは把握がむずかしいし、それを言葉にして伝えるとなると、途方に暮れちゃいます」
言葉少なに語る姿は、小説で発揮される饒舌(じょうぜつ)さとは対照的だ。「小説を書く方がずっと楽ですね。これが本当に自分が思っていることなのかというのを考えなくて済むから。噓(うそ)でも本当でも書けるのがいいところだなって思います」。その後に、こう続けた。
「メッセージを伝えるために小説を書く人もいるかもしれないですけど、小説は別にメッセージを伝えるために書くものではないから、そこが気楽でいいですよね。伝えたいことがあってもいいし、なくてもいい。どっちでもいい感じが楽だなと思います」(山崎聡)=朝日新聞2022年1月12日掲載