読み手も詠み手も、新しい層に照準
「いま、短歌に才能が集まっている」。こう話すのは、08年に創業したナナロク社の代表、村井光男さんだ。新人の森口ぽるぽさん、島楓果(しまふうか)さんの第1歌集をそれぞれ1月に刊行したばかり。2人はナナロク社が創設した「あたらしい歌集選考会」に規定の100首を提出し、300人を超す応募者から見いだされた。
ナナロク社が最初に手がけた歌集は、歌人の岡野大嗣(だいじ)さん、木下龍也さんの共著『玄関の覗(のぞ)き穴から差してくる光のように生まれたはずだ』(18年)。これまで歌集を読んだことがない読者1万人に届けることを目標に据え、小説家の舞城王太郎さんによるスピンオフ掌編を冊子にして挟みこむ工夫をした。
「歌壇の老舗出版社が耕してきた土壌に、後進の僕らは新たな読者を連れてこなければ、という思いがあります」と村井さんは話す。「あたらしい歌集選考会」は2回目の選考を控えており、3月9日に応募のための登録を締め切り、同月23日まで作品の応募を受け付ける。
05年に創業した左右社は、永井祐さんの第2歌集『広い世界と2や8や7』が21年に塚本邦雄賞を受賞。編集者の筒井菜央さんは自身も20代のころ、歌を詠んでいた。「小説を1編書くのに比べ、短歌は読み手から作り手に移るハードルが低い。歌会を通した横のつながりもあり、場の温かさも魅力」と話す。
左右社は1970年以降生まれの歌人40人の作品を紹介するアンソロジー『桜前線開架宣言』(山田航編著)を15年に刊行。21年には姉妹本として、00年以降の歌集ブックガイド『はつなつみずうみ分光器』(瀬戸夏子著)を出した。今年の夏からは、現代の歌人が歴史的歌人の作品を編み直す「偏愛歌人シリーズ」を刊行予定だ。
新興の出版社が歌集の出版に乗り出す先駆けとなったのは、福岡で02年に創業した書肆侃侃房(しょしかんかんぼう)だ。病を抱え、26歳で死去した笹井宏之さんの遺歌集『ひとさらい』『てんとろり』を11年に出すと、幅広い年齢層の読者から反響があった。
13年には「新鋭短歌シリーズ」を創刊し、これまで60点の第1歌集を手がけた。中堅の歌人の作品や、既刊の歌集の新装版などとあわせると、この10年余で130を超える歌集を刊行している。
18年には笹井宏之賞(50首)を創設した。大賞受賞者の副賞は第1歌集の出版で、応募数は初回の384編から4回目の21年が589編と、右肩上がりに増えている。「ツイッターなどSNSが短歌の広がりを後押ししてくれて、歌を詠みたい層が広がっている」と田島安江代表は言う。
21年10月には、ナナロク社、左右社、書肆侃侃房の3社が合同で、詩歌フェアの店頭展開を呼びかける書店向けの説明会をオンラインで開催。神奈川県藤沢市の湘南蔦屋書店で実施中だった短歌フェアの様子も紹介された。
レジ正面の平台に約50点の歌集を並べたところ、フェアを展開した43日間で70冊近くが売れたという。同店人文コンシェルジュの八木寧子さんは「購入したのは30~40代の女性が多かった。ポップな装丁にひかれてページを開くと、同時代を生きる人たちのリアルな心情が伝わる歌が載っていて共感したのだと思います」と話した。(佐々波幸子)=朝日新聞2022年2月16日掲載