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「生き直す」書評 人間の復活かけ社会の素顔問う

評者: 戸邉秀明 / 朝⽇新聞掲載:2022年02月19日
生き直す 免田栄という軌跡 著者:高峰 武 出版社:弦書房 ジャンル:司法・裁判・訴訟法

ISBN: 9784863292383
発売⽇: 2022/01/31
サイズ: 19cm/268p

「生き直す」 [著]高峰武

 一昨年末、95歳で亡くなった免田栄さんは、日本で初めて再審無罪を勝ち取った元死刑囚。1949年、23歳で逮捕されてから34年間、獄中で死刑執行の恐怖に耐え、6度の再審申請に挑んだ不屈の人だ。
 今、彼の軌跡から何をうけとるか。この冤罪(えんざい)事件を地元の熊本で長く取材した元記者が、本人の肉声や生前に託された資料を活(い)かして掘り下げる。40年近く親交があった著者にしかできない仕事だろう。
 免田さんは、獄中と釈放後の2度、いわば生き直す。
 獄中から家族や支援者に宛てた手紙には、初めは誤字や当て字が多い。だが差し入れの辞書や六法全書に学ぶと、文面がしっかりしていく。再審を求めて上申書を書くたび、「なぜ自白させられてしまったのか、なぜ疑われたのか」、自分の最も弱いところをさらけ出す苦しみも味わった。いずれも、自白を強要しながら「迎合的性格」があると被疑者を貶(おとし)める司法の偏見に対して、自ら学び成長することで闘った証しである。
 釈放後、「自由社会」に帰ってきたはずが、今度は妬(ねた)みや脅迫という「世間の目に拘束され」た。筋書き通りの自白調書を認めるまで追い詰められた密室の心理は、なかなか伝わらない。
 カラオケや魚捕りを楽しむ夫婦水入らずの穏やかな晩年。免田さんは自身の再審無罪判決に、あえて再審を申し立てた。原審の「死刑確定の汚名」が解消されず、獄中で年金制度の埒外(らちがい)に置かれた結果、釈放後も「人並み」扱いされないことへの抗議だった。そこでは、「私たちの社会の素顔」こそが問われていた。
 近年、裁判員裁判など司法制度の改革は進んだが、冤罪は後を絶たない。「無実の人間を処刑したら取り返しがつかない」。免田さんの死刑廃止の訴えに、日本の司法も社会も、十分な反論の根拠を持ち合わせていない。ならば今、「人間の復活」をかけて続けられた闘いの記録に、直(じか)にふれられる意義はとても大きい。
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たかみね・たけし 1952年生まれ。熊本学園大特命教授。熊本日日新聞社編集局長、論説主幹などを歴任。