平凡な女の子がひょんなことからアイドルに。または人気アイドルと秘密の恋に落ちて――。いずれも定番だ。アイドルを主題にしたマンガは古くから尽きないが、ここ数年は傾向に変化が。アイドルマンガの現在形を探ってみたい。
2021年の流行語大賞にノミネートされた言葉に「推し活」がある。「推し」は、モーニング娘。やAKB48など、グループアイドルが全盛を誇った2000年代ごろから、オタク周辺で一押しのアイドルを示す言葉として使われていた。が、ここ数年で一般的な用語としても浸透。最近では、推しの存在を「尊い」という言葉で表現することが多くなった。それは、「あがめたい」「見守りたい」といった感情に近い。そうしたファン心理は最近のアイドルマンガにも顕著に表れる。
平尾アウリ著「推しが武道館いってくれたら死ぬ」(徳間書店)は、地下アイドルとそのファンを主題とした物語。主人公は推しがいつか日本武道館に立てると信じ、応援に人生をかけるが、好きだからこそ過度に近づけない。推しと電車で偶然居合わせても、車両を移動して距離を保とうとする。
昨年あらゆる賞を総なめにした赤坂アカと横槍メンゴ著「推しの子」(集英社)は、主人公が推しアイドルの子どもに転生するところから始まる。アイドルとファンの一線を越える設定だが、主人公は赤ちゃんになってもなお、お風呂で裸を見ないようにするなどファンとしてわきまえる。
つまり、「推し」はあくまで「推し」のままでいてほしい。武道館ライブといったアイドルとしての到達点をファンとして見守ることが至福と考えるのだ。友人や恋人という特別な存在になることで結実しないアイドルマンガが増えてきた。
アイドル自体の描かれ方はどうだろうか。握手会やSNSなどでアイドルと接触できる機会が多くなった現代。ストーカーやネット炎上といったアイドル産業を取り巻く闇に目を向ける作品も増えてきた。「推しの子」もその一つだ。作中のアイドルたちは傷つきながら、それでも輝こうとする。アイドルの存在意義を信じているからだ。闇が描かれるからこそ光は際立つ。その姿は美しい。近年のアイドルマンガのアイドルを一言で表現するなら、やはり「尊い」である。=朝日新聞2022年2月22日掲載
◆「マンガ現在形」は今回でおわります。